ある男の言葉に、思わず「かっこいいな」とつぶやいてしまった。4月末。モスクワでの出来事だ。

「きれいにスケート人生を終えられないかもしれないが、できるところまでやってみようかな。今より落ちるかもしれないが、勝負してみたい。自分の可能性を信じてみたい」

言葉の主は、フィギュアスケートの高橋大輔(関大大学院)。2連覇を狙ったロシアでの世界選手権で5位に終わり、去就が注目される中での発言だった。25歳のおとこ気に触れ、胸が熱くなった。

2連覇を逃した演技直後も、高橋は現役続行への思いを口にしていた。だが翌日、日本の男子3選手が応じる予定だった取材の場は「気持ちの整理をするため」(日本スケート連盟関係者)に欠席。それを聞いた瞬間、「もしや翻意して引退するのではないか」と正直思った。でも思い過ごしだった。さらに一夜明けた30日。報道陣の前にすっきりとした表情で現れた高橋は、冒頭の格好良すぎる言葉で私の疑念を吹き飛ばした。

スポーツ選手は引き際が肝心だと言われる。フィギュア界で言えば、荒川静香はトリノ冬季五輪での金メダルを手に、勝負の世界に別れを告げた。高橋自身も、世界選手権で初制覇を遂げた昨季限りでの引退を考えたという。だが、今季の世界選手権が東京開催で決まっていたこともあり、現役を続けた。それでもシーズン前にインタビューした際には「今シーズンは引退してから何をしたいか、そういったものを探す1年にもなる」と胸の内を明かしていた。

世界ジュニア選手権と世界選手権の優勝、五輪での表彰台…。高橋は日本男子初の快挙を次々と成し遂げてきた。だから、最後の試合が世界選手権5位であっても、輝かしい実績が色あせることはない。それなのに宣言した。3年後のソチ五輪を見据えた現役続行を。

観客を引き込む表現力と華麗なステップは一級品だが、肉体的な衰えは否めない。新たに世界王者となったパトリック・チャン(カナダ)は20歳で、2位の小塚崇彦(トヨタ自動車)は22歳。人に言われるまでもなく、高橋は「一歩遅れている。今後はもっと厳しくなる」と感じている。今季味わったという「惨めな思い」をもっとするかもしれない。高橋を突き動かす闘争心に、ただただ頭が下がる。

高橋は根っからの勝負師ではないかもしれない。弱音も吐くし、リンクを離れた時の素顔は男性的というよりは中性的。長年指導してきた長光歌子コーチが、高橋の性格を物語るエピソードを紹介してくれたことがある。

高橋を教えるようになって初めての海外遠征。試合会場に向かう途中の交差点を渡ると、教え子の姿がなかった。振り返ると、中学生の高橋が、足の不自由なおばあさんに付き添ってゆっくりと横断歩道を渡っていた。「どうしたの」と尋ねる長光コーチに、高橋は「信号が変わる前に渡りきれるか心配だった」と答えたという。「何て心の優しい少年なんだ」と思うと同時に「世界のトップスケーターと対峙する時、この優しさがあだになるかもしれないと心配した」と同コーチ。そんな少年が、10年の年月を経て五輪のメダリストに輝く。バンクーバーで銅メダルを首に掛けてくれた時、少年時代の高橋を想起して「よくぞここまできた」と感動に浸ったという。

精神的な弱さを露呈して「ガラスのハート」と呼ばれた時期もあった。それでも公私で苦楽をともにしてくれる長光コーチの存在が、成功者の高橋を作り上げたと思う。

高橋がモスクワでの一夜明け会見を欠席した日、長光コーチが代わりに報道陣に応じてくれた。そして、スケート靴にエッジ(刃)を留めるビスが取れてしまったことについて「念には念を入れてチェックしていたけど、ハプニングが起きたことは私のミス。彼には申し訳ない」と言い、目に涙を浮かべた。不運としか言いようがない出来事に対する責任を、すべて背負い込む覚悟だった。

フィギュアスケートでは、多くの選手がコーチを変更する。レベルアップを期すため、という前向きな理由もあれば、信頼関係が崩れて別れを迎えることもある。そんな世界で10年以上もの間、二人三脚で歩んできた高橋と長光コーチ。2人の物語を、もう少し見守れることは記者冥利に尽きるかもしれない。

井上 将志(いのうえ・まさし)2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケートを担当。現在は本社運動部でフィギュア、体操、陸上を中心にカバーし、バンクーバー冬季五輪も取材。東京都出身