プロ野球が12日、ついに開幕した。だが、球春の到来を手放しで喜ぶ気にはなれない。日常が一瞬にして非日常に変わった「3・11」は、多くの人が言うように明治維新や第2次世界大戦にも相当する大きな節目となる事態ではないかと、私も思う。

福島第1原発事故もあり、大震災からの復興に道筋すらついていない。そんな現状を見ながら考えるのは、果たしてプロ野球界が正面から東日本大震災と向き合ったのかということだ。

▽一つになれない12球団

プロ野球界も、これが未曽有の事態であることは分かっていたはずだ。だが、楽天の本拠地球場なども被害に遭っていながら、経済活動を優先する一部球団の思惑から、12球団が一つになれなかった。パ・リーグが早々と開幕を2週間ずらすことを決定したが、セ・リーグは予定通り3月25日開幕に固執した。

その後3月29日開幕と発表したが、世論やプロ野球選手会の反対で孤立し、最後は文科省の指導のもと「4・12開幕」、首都圏でのナイター自粛などで、やっとパと足並みがそろった。一部球団のエゴや加藤良三コミッショナーの力量が問題にされたのは当然である。

▽流れつくった宮本の言葉

一連の動きは大震災発生5日後、巨人の渡辺恒雄会長が「開幕延期とかプロ野球をしばらくやめるという俗説もある」とけん制して、予定通りの開幕を強硬に主張したことに始まる。

セの数球団も同調したが、選手会が反対する流れをつくったのは宮本慎也・前プロ野球選手会長(ヤクルト)のこんな言葉だったと思う。「今やって野球で勇気づけられるというのは思い上がり。やりたい気持ちは選手も一緒だが、煌々たる(照明の)中で野球をやるのは、心が痛い」。

プロ野球が被災した人々に与えるのは勇気とかいうのではなく、開催できるまでに回復しつつある「日常」を示すことであろう。自粛ばかりでは前に進めない、というのもありだが、それが時と場合によるのは当たり前の話だ。

▽生かされない再編騒動の教訓

一連の動きを見ていて、すぐに近鉄球団の身売り問題に端を発した2004年の球界再編騒動を思い起こした。巨人、西武などが8~10球団による1リーグ制移行に動き、これに選手会が真っ向から反対してプロ野球史上初のストライキで対抗した。世論の後押しもあって、楽天球団が誕生して2リーグ制が堅持されたのだ。

今回も同じ図式が再現され、2004年騒動の教訓が生かされていないことが明白となった。いまだに巨人を軸にしたセが、パを見下すような構図がまかり通るようでは、プロ野球の将来は見えてこない。

▽「運命共同体」体質に

身売りを繰り返してきたパ・リーグだったが、今では北海道の日本ハム、東北の楽天のように地方に活路を求めて成功している。逆にセは、横浜の身売り問題などを抱えている。問題続きの大相撲ではないが、プロ野球だって、危機感を持って「球界全体が運命共同体」という方向へ体質改善しないと衰退しかねない。

日本のプロスポーツを代表するプロ野球には、しっかりしろと言いたい。加藤コミッショナーの言動には失望したが、プロ野球界がコミッショナーに権限を持たせないような構造でこれまでやってきたというのも事実である。

さて、どうしたらいいのか。私の頭の中に次期コミッショナーとして元ホームラン王の名が浮かぶ。次回はそんなことを書いてみたい。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。立命館大学卒。スポーツニッポン新聞社記者を経て、70共同通信社入社。東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆。