3月11~13日に中東のバーレーンで開催予定だった自動車F1シリーズの今季開幕戦、バーレーン・グランプリ(GP)の中止が21日、発表された。理由は、チュニジアに端を発し、イスラム国家に広がる反政府デモによるバーレーン国内の混乱。軍による発砲でデモ隊に多数の死傷者が出るなど事態収拾の見通しが立たない状況を踏まえると仕方のないことだが、中止はやはり残念だ。

F1を統括する国際自動車連盟(FIA)は「延期」とするが、関係者の多くが実現は難しいとみているという。最高気温が40度を超えることも珍しくない夏季の開催は難しい。加えて、今季は同GPを含め過去最多の全20戦が組まれ、日程に余裕がないためだ。

過去にも、サーキットの安全が確保できなかったり、財政難などでレースが中止、延期されたことはある。1993年に大分県で開催予定だったアジアGPが運営会社の経営破綻で中止。岡山県で開催された95年のパシフィックGPの開催時期は、阪神大震災の影響で4月から10月に変更になった。

今回のように政情不安を理由とした中止は異例。とは言え、まったく想定外だったとは思えない。治安が安定しているとされてきたバーレーンだが、王族を始め支配層はイスラム教のスンニ派で、過半数を占める国民はシーア派といういびつな構造。両者は歴史的に根深い対立を抱えるだけでなく、90年代にはシーア派による民主化運動が続いた。混乱の火種はあったのだ。

では、なぜF1の開催地になれたのか。背景には、F1の拡大路線がある。50年に全7戦で始まったF1は長く、欧米諸国を中心に行われてきた。変化が起きたのは、日本でレースが継続して開催されるようになった87年。新たな市場獲得に成功したF1はさらなる市場開拓に向け走り始める。1999年マレーシア、04年バーレーンと中国、05年トルコ、08年シンガポール、09年アラブ首長国連邦、10年韓国。そして、今季はインドが加わった。

アパルトヘイト政策を行っていた南アフリカや軍事独裁政権下のアルゼンチンでもレースを開催していたF1に対しては、もともと政治的配慮に欠けるとの指摘がある。だが、このままでは、人気を失うことにつながりかねない。今こそ、市場拡大のみを追い求める姿勢を考え直す時だ。(榎並秀嗣)