2011年はINDY CARへのフル参戦はしません―。1月17日、自動車のインディカー・シリーズで日本人最高の2位に入るなど奮闘してきた武藤英紀が、自身のホームページ内のブログで今シーズンの活動について、こう表明した。

武藤は1982年10月生まれ。実家は代々続く東京・築地の鮮魚仲卸店だ。95年にカートレースを始め、98年には武者修行のため英国へ旅立つ。中学校の卒業式を終えた翌日のことだった。

「不安そうだった」。家族はそう振り返るが、15歳にして自らの人生を思い定めた武藤はレースの本場でも臆することなく戦い、2000年シーズンからは数多くのF1ドライバーを輩出しているフォーミュラフォードにフル参戦する。02年からは主戦場を日本に戻し、国内トップカテゴリーのフォーミュラニッポンなどを経て、07年に米国へ。

次に選んだ戦いの場は、インディカー・シリーズ。下部カテゴリーのインディプロ・シリーズ(現インディライツ・シリーズ)で年間2位に入ると、アンドレッティ・グリーンに移籍。08年シーズンから、インディカー・シリーズにフル参戦する。同チームは04、05、07年の年間王者を生んだ強豪。まさに大抜てきだった。

期待に応えるように、武藤は1年目から躍動する。第8戦で2位入賞。シーズン後に新人王を獲得したのだ。09年シーズンも第7戦3位、第8戦4位に入るなど安定した走りを披露した。

いよいよ初優勝―。そう意気込んだ昨季。古豪のニューマン・ハース・レーシングに移籍した武藤を思わぬ落とし穴が待っていた。単独走行の予選では上位進出も可能だが、他車と競う決勝になると一気に戦闘力が落ちるのだ。思うように走らないマシンの改善を訴えても、チームは言い訳としか受け取らない。深まるばかりの溝に、いつもは陽気な武藤から次第に笑顔が消えていった。

結果、1度も10位以内のない屈辱のシーズンとなってしまった。そのイライラは相当なものだったのだろう。レースが、走ることが好きでたまらない男が、冗談めかしながらも「実家を継ぐことも考えている」と口にしたことすらあった。

まだ、28歳。引退するには早すぎる。今季もどこかで走り続けてくれることを祈るばかりだ。(榎並秀嗣)