結果としてレフェリーに反則を取られる可能性があるのなら、そのような類のプレーはやってはいけない。特にその場所がペナルティーエリア内であるならなおさらだ。

そんなことは分かっている。誰もがそう思うだろう。ところが、わが国のトップリーグであるJ1の舞台では、その常識から外れた場面をたびたび目にする機会がある。

2日に行われた第1ステージ第5節。FC東京対名古屋の前半終了間近に問題は起こった。FC東京の同点ゴールにつながるプレーだ。

FC東京の左CKの場面。セットプレーでマッチアップしたのは、両チームでもヘディングの強いセンターバック(CB)同士だった。FC東京の森重真人と名古屋の竹内彬のポジション取りが激しく争われた。そして、駆け引きを制したのは、森重だった。

本来、竹内は森重とゴールの間にポジショニングしなければならない。そのマークをうまく外したのが森重だ。竹内とうまく位置を入れ替わったのだ。

問題は、それだけではなかった。竹内がまるでラグビー選手のように両手で森重を抱きかかえて押さえていたことだ。手で相手をつかんでいるという心理的保険は、逆にマークの対応の遅れにつながることが多い。案の定、背後から抱きついた竹内は先に動いた森重に引きずられるような格好になった。この機会を日本代表でもレギュラーを張るなど国際経験豊富な森重が逃すはずはない。次の瞬間、見事に崩れ落ちて、岡部拓人主審のPKの笛を誘発した。

試合後の会見で名古屋の小倉隆史監督は「森重は(倒れ方が)うまい。(審判はPKの笛を)あそこで吹くかと思った」と語っていた。当事者の竹内も「審判の判定は受け入れる。(反則の場面を)映像でもう一度見直す」と反省はしていた。ただ、そこにはどこか判定には納得していないというニュアンスが漂っていた。

プロ11年目とこれまた経験豊かな竹内は、多少は相手を手で押さえてもPKをとられることは少ないと感じていたのだろう。それでも、サッカーは同じフットボールでありながら、ラグビーではない。相手を手でつかんだら反則だ。このルールは世界中変わらない。そして、同じように手で相手を抑えつけるプレーを国際試合でやれば、PKの判定が出る確率はJリーグの比ではないのだ。

サッカーという競技で、手や腕を使ってはいけないかというと必ずしもそうではない。逆に手や腕の使い方がうまい選手は、競り合いにも強いし、自分のプレーの空間を作り出すことにたけていることが多い。腕や手を効果的に使って、プレーエリアから相手選手を排除するのだ。ただ、日本はプロ選手でも腕力の使い方を分かっていない選手が多い。

竹内のプレーについて、ある元日本代表選手は「両手で相手を抱え込んでいても、直前に手を離せば審判はPKを取りにくいんですよ」と解説してくれた。要はサッカーにもグレーゾーンというのがあって、それを味方のためにうまく利用できるかが重要ということだ。ジーコをはじめとしたブラジル人が強調する「マリーシア」だ。

この竹内の例以外にも、手でマーカーを押さえ込むことに集中し過ぎて、足の運びが相手の動きにまったく対応していないという場面を今シーズンは目にした。同じJ1の第1ステージ第2節で浦和の槙野智章が磐田のジェイに抱きつきながらも、そのまま引きずられて決勝点を許した場面もそうだった。

気になるのは、同じようなミスを犯したこの2人が共にCBということだ。対人プレーに最も強いはずのこのポジションの選手が、本来のサッカーの技術ではなく反則技に頼るということは、1対1に強い選手の層が日本では薄いということになる。それを考えれば、育成段階での対人プレーの指導法を変える必要があるのかもしれない。

この頃の日本代表関係の記事には、しきりと「デュエル」と表現が見られる。ハリルホジッチ監督が持ち込んだ新しいサッカー用語だ。「2人」つまり2人の戦い。「決闘」にもつながる1対1の球際の争いが日本には欠けるから、ハリルホジッチ監督はこの言葉を多用するのだろう。

日本のサッカーは、「個」と「個」の勝負に弱いから、集団で戦うことが基本となっている。しかし、その考え方は逆にネックとなり、あえて1対1の争いから目を背けている気がする。目の前の敵を個人で打ち破る能力がある。そのような選手たちが、集団で戦えばさらに強力なチームが作り出せるのは明らかだ。なぜそのような考え方に至らないのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。