「これがフィギュアスケートなんだ。フィギュアの神髄を見せてくれた」。2月に台北で行われた四大陸選手権の男子フリーが終わった直後、日本スケート連盟の小林芳子強化部長が興奮を隠しきれずに漏らした一言が印象的だった。称賛は、日本人選手ではなく、フリーで羽生結弦(ANA)、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)に続いて200点超えを果たし、4年ぶり3度目の優勝を飾ったカナダのパトリック・チャンに向けられたものだった。各選手が競い合うように高得点が狙える4回転ジャンプの種類や数を増やす現在のフィギュアスケート界の中で、プログラムを磨き抜くことにこだわってきたチャンの美しい滑りはひときわ輝いていた。

1シーズンの休養から復帰し、昨年12月のグランプリファイナルでは表彰台を逃すなど、調子は上がっていなかった。今大会のショートプログラム(SP)では出遅れ、首位と12点以上の差をつけられた。演技後は「ここの氷は酷い。僕は氷に乗って滑るスケーターだけど、ここの氷とは戦っているみたいだ」と愚痴もこぼれ、私はチャンの優勝はほぼ消えたと考えた。そういった趣旨の原稿を執筆したが、まさに後悔先に立たず。ソチ冬季五輪銀メダリストで元世界チャンピオンの底力は、担当わずか2シーズンの記者の予想など簡単に上回った。

SPから2日後のフリー。直前に演じたSP1位の金博洋(中国)が高難度の4回転ルッツを含め、史上初めて1演技で3種類4度の4回転ジャンプを成功させたのに対して、チャンが跳ぶ4回転ジャンプはトーループの2本。しかし、ジャンプごとに観客が一喜一憂する金博洋と違って、卓越したスケーティングを軸に減点するところがないチャンの演技は素人目にも一つひとつの要素がプログラムに溶け込んでいるように感じた。表現を評価する演技構成点は5項目(各10点満点)すべてで9点台後半。演技後に氷を両手で激しくたたいて叫ぶまで、チャンの演じる世界に引き込まれていた。

フィギュアスケートは技術とともに芸術性が求められる独特のスポーツだ。技術だけに目が向きがちな現状に、小林強化部長は「もっともっと基本的なことを突きつめてほしい。チャンの演技を見てフィギュアとはこういうものということを感じてもらえれば」と投げかける。4位に終わった18歳の宇野昌磨(愛知・中京大中京高)は、これまで成功例のない4回転ループ習得に意欲を見せ、大会開幕直前の公式練習では何度も成功させていた。いつ試合で披露するのかと期待感を抱かせた一方で、プログラムに盛り込んだ4回転トーループがSP、フリーともに精細を欠いて得点を伸ばせなかった。大会から1週間後、3月末に開幕する世界選手権に向けて宇野は「4回転ループをする、しないで悩んでいる暇がないくらいやることがたくさんある」と足元を見つめ直していた。世界選手権はシーズンを締めくくる最高峰の舞台。1年間、その選手がつくり上げてきた世界にのめり込めるような瞬間が一つでも多く目の当たりにできるなら、記者冥利(みょうり)に尽きる。

藤原 慎也(ふじわら・しんや)1984年生まれ、大阪府出身。全国紙で5年間、主に警察、司法を担当し、2014年4月に共同通信に入社。名古屋支社でフィギュアスケート、野球、サッカーなどを取材。