2018年にロシアで開催されるサッカーのワールドカップ(W杯)。アジア2次予選E組の最終戦となるシリア戦が29日に行われた。この試合の後半13分、山口蛍が相手の遅れ気味のヘディングをまともに顔面に受け負傷退場した。翌日に診断結果が発表された。鼻骨と左目付近の眼窩(がんか)底の骨折だという。かなりの重症だ。

山口の所属するハノーバーは、ドイツ1部リーグで現在、最下位。2部降格の重大局面にさらされていることを考えると、本人にとってはもちろんだが、所属チームにとってもなんとも痛い。一日も早い復帰を願いたい。

その山口がピッチから消えたことで、シリア戦は「バランス」というものを考えさせられる一戦になった。

サッカーで攻撃と守備をリンクするのは中盤だ。そのなかでもブラジルで自動車のハンドルの意味を持つ「ボランチ」のポジションは、そこにどのようなタイプの選手を置くかによってプレーの組み立てが変わる。慎重な運転をする選手がハンドルを握れば、手堅い試合運びになる。逆に大胆な運転手であれば、主導権を握った積極的な試合展開になるだろう。誰もが置きたくないのは、攻守両面に雑な運転手。間違いなく事故に遭う可能性が高まる。

日本はこのポジションに、安定感のある遠藤保仁と長谷部という2人の運転手を長らく置いてきた。そして、現在ハリル・ジャパンで長谷部とコンビを組むファーストチョイスは山口だ。バランサーの長谷部と、より守備意識の高い山口。この2人が最終ラインの前にいれば、守備は大きく破綻することはない。

アジア勢を相手にすれば、良くも悪くも安定したレベルを保証する日本代表のダブルボランチ。シリア戦で山口に代わり原口元気が投入されてチーム内に巻き起こったバランス破壊は、ある意味で興味深かった。

「タクティクスでは(原口が)いろんなところ(ポジション)に行き過ぎて、オーガナイズが崩れた」とハリルホジッチ監督が記者会見で語った原口のボランチ起用。アタッカーを、守備的ポジションでプレーさせれば、確実に守備面でのほころびは出てくる。だが、攻撃に出たときには、相手の脅威になり得る。

よくゴール場面の少ない退屈な試合のあとに攻撃の選手が「リスクを冒しても攻めなければ」というが、リスクを冒すとは「バランスを崩しても」ということにつながる。そして、この試合で意図的でないにせよバランスを崩したのが原口だった。

そもそもドリブルで仕掛けるボランチの選手なんてまずいない。基本的にこのポジションは、パスを得意とする選手が多い。最終ラインの前のエリアでボールを奪われれば、味方のDFはいきなり相手FWとの1対1のピンチにさらされるからだ。そのセオリーを無視してドリブルでボールを中盤から持ち上がった原口のプレーは、ある意味でシリア守備網の意表を突いた。

パスよりも時間がかかるドリブルで、原口が持ち上がると時間が生まれる。その間に日本はサイドバックを含めた多くの人数が攻撃に参加し、より厚みのある攻撃を展開できた。ハリルホジッチ監督も「彼が入って攻撃面で良くなった」と話したが、終盤の日本の連続ゴールは原口効果といってもいいだろう。

そして、5点目を生み出したロスタイムのロングスプリント。原口自身「最後に走って良かった」という激走からのヘディングシュートは、アタッカーならではのゴールの嗅覚があってのことだ。

攻撃面ではかなりのプラス面の変化をもたらすことができる。一方で、守備面はといえば原口が投入されたことでバランスが崩れたことは間違いない。ボランチを組む長谷部、さらに最終ラインとの関係性が希薄なのだ。結果的に中盤に大きなスペースが生まれたことで、シリアに多くのカウンターを受けた。そして、少なくとも3度の決定機を作られた。対戦相手のレベルが上がるW杯最終予選ともなると、傷口はさらに大きくなるだろう。

残念ながら守備面に関しては、ポジショニング、判断力も含めて、原口は信頼のできるレベルにはない。所属するヘルタでこのポジションでの起用はまずないだろから向上も望めない。それを考えると原口のボランチ起用はかなりリスキー。マイナス面がより大きいもろ刃の剣だろう。

ハリルホジッチ監督は、ボランチ原口を「かなり良いオプションだ」と語った。でも、真に受けてはいけない。その出番が必要になるのは、日本が得点を必要とする展開。負けている状況だ。そんな奇策を必要としない最終予選を、心静かに迎えたい。それを思えば、ボランチの層が薄い感じもするのだが。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。