サッカーという競技が何たるかを熟知している選手がメンバーのなかに一人でもいると、試合がとても楽しくなる。しかし、Jリーガーのすべてがサッカーを理解しているかというと、残念ながら必ずしもそうではない。

暖かいとされる今冬だが、3月に限れば記録的に寒いという。そんな中、昼間ではなくナイターで行われたJ1第1ステージ第3節・川崎対名古屋を選んだのは失敗かと思った。そんな思いが「来てよかった」に変わったのは、川崎の中村憲剛がいたから。「この人は本当によくサッカーを知っている」とあらためて確認できたのだ。

「今日は彼(中村)がチームを勝たせてくれた」。川崎の風間八宏監督は試合後、チーム最年長である35歳のキャプテンに対して、最大級の賛辞を贈った。それも納得だ。この日挙げた1得点2アシストは、3―2で勝利を収めた川崎の全得点に絡む大活躍。その中村について風間監督は「チームの目になってくれている」と表現した。

数秒後にピッチで起きることが映像として見える。良いチームには、そんな「預言者」がいるものだ。川崎の場合、3試合で6失点を喫している守備面に問題を抱えていることは明らかだ。ただし、攻撃に関してはリーグ有数の破壊力を持つ。そのコンダクターとなっているのが、高い戦術眼を備え、未来を予測できる中村というゲームメーカーなのだ。

味方にパスを通すと、すぐに動き直して自らパスを受ける。これを繰り返すことでチームにリズムが生まれる。奏でられるリズムに、パスの「強弱」が物語性を与える。そのクライマックスとなるのが、必殺のスルーパスだ。この種のパスは誰でも出せるものではない。ピッチを俯瞰(ふかん)できる独特の目を持ち合わせ、スペースを探し出す特異な感覚が必要となる。

この日、中村が挙げた2アシストは、そのスルーパスから生まれたものではなかった。開始6分のエウシーニョの先制点は、ポストプレーからのもの。J1最多ゴール記録に並ぶ大久保嘉人の158点目を導き出した後半30分のラストパスは左からのセンタリングだった。それでも試合を通じて繰り出される長短のスルーパスは、思わず「うまい」とうなってしまうものが多かった。なによりも走ったスペースにぴたりとパスを合わせてくれれば、味方は走りがいがあるし気持ちよくプレーできる。この人と一緒にプレーすると楽しい―。そう思わせるのは、選手にとって非常に重要なことなのだ。

今節はこれ以外にも絶賛されたスルーパスがあった。G大阪が2―1で勝利を収めた試合。藤春廣輝のクロスから阿部浩之が決勝点を挙げたわけだが、その藤春に遠藤保仁が送った針の穴を通すような正確なパスも話題になった。ただ、そのような目と繊細なキックのタッチを備えている存在が、ベテランといわれる選手にしかいないことが問題なのだ。

今のJリーグを見渡すと、個人の力で試合をコントロールできるのは、35歳を超えた選手ばかりだ。もう一人の中村、横浜Mの俊輔も絶対的な存在感を放っている。若手では鹿島の柴崎岳が注目される数少ない選手だが、チームメートの小笠原満男と比べるとまだ物足りなさを感じさせる。

確かに年齢を重ねれば、選手はサッカーに関する造詣を深めるものだ。それを差し引いても、若い年代にスルーパスを出すことのできる選手が減っているのは、おそらく育成年代での指導が関係しているのではないかと思う。日本は近年、ショートパスをつなぐポゼッションサッカーを、画一的に志向した。そのことで近くの人を狙ったパスは出せるが、遠くのスペースを見つけ出し、そのエリアに正確なキックでボールを送り込む選手が激減したのではないだろうか。

さらに考えられるのは、能力の高い選手がJクラブの下部組織などの強豪チームに一極集中したことの弊害だ。すべてのメンバーが高いレベルにあれば、一人で局面を打開する必要がなくなる。チーム力でなんとかなるからだ。そうなれば突出したエースというのは生まれにくくなるだろう。

日本のサッカーを考えてみれば、局面を個の力で打開してきた選手は、みんな「お山の大将」だった。中田英寿さん、中村俊輔、小野伸二、小笠原満男、遠藤保仁、中村憲剛。全員が高校サッカー出身だ。そして、高校チームは高い能力の選手ばかりを集められるわけではない。だからエースは生まれるのだ。

現在の日本の育成環境から、ゲームを個人で支配できるエースを作り出すのはかなり困難だろう。だからといって対策を講じなければ、日本は確実に弱くなる。そして、そのサッカーはつまらない内容となる恐れがある。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。