新しいシーズンが開幕した。J1第1ステージ初戦の結果を見て、この国のサッカーはかなり変わっているのではないかという思いを強くした。9試合のうちホームチームが勝ったのは、なんと鳥栖で行われた1試合のみ。あとは、アウェーに乗り込んだチームがすべて勝利を収めた。

この結果が意味することは何か。応援するチームの勝利を信じてホームの開幕戦に足を運びながらも、がっかりして帰途に就いたサポーターが多かったということだ。サポーターは喜びを求めてスタジアムに来るのだから、ピッチに立つ選手たちはその期待に応える必要があるだろう。

海外では明確になっているホームとアウェーの違い。その感覚が日本で薄いのは、この国のサッカー場が安全だからだ。スタンドで相手チームを威圧しているサポーターも、ピッチまで乱入してくるようなことはない。

観客席の“危ない"人々を、なるべく刺激しない「アウェーでの引き分け」。長い歴史の上に築きあげられた欧州や南米での考え方が、Jリーグでは必要ない。それは敵地でも本来の実力を発揮できるということにつながるのだが、ホームの優位性を生かすという意識が薄い感じもする。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)など国際舞台での経験を積めば、感覚も変わってくるのだろうが。

24年目にして初めての2月開幕となった今シーズン。FC東京と大宮のナイターは、さすがに寒かった。この試合を見てあらためて思ったのは、Jリーグというのは上位と下位に大きな実力の差がないということだ。その意味でも珍しいリーグだ。

昨シーズン、J1で4位のFC東京とJ2から昇格してきた大宮。通常ならばFC東京が力でねじ伏せるのかと思われた。しかし、結果は後半24分に大宮が見事なカウンターを決めて1―0の勝利。2010年以来のFC東京への復帰となる城福浩監督は、試合前に「一番の目標はリーグ優勝」と語っていただけに、いきなりのつまずきだ。

確かに、試合内容ではポゼッション(ボール保持)も含めFC東京が大宮を上回るものを見せた。失点は後半に許したファーストシュート。それまでは完全に試合を支配していた。それでもサッカーが点の取り合いで勝敗を争う競技であることを考えれば、この夜の勝者は間違いなく大宮だった。

今年のFC東京は、チームスタイルの継続ではなく変化を求めた。マッシモ・フィッカデンティ前監督のカウンターサッカーから、城福監督のポゼッションサッカーへの路線変更。チームというのは、これまであったベースへの「肉付け」が必ずしも約束されるものではない。場合によっては、それまでのベースを失う場合もある。その意味で城福監督のチームが内容と結果を同時に手にするには、ある程度の時間が必要になるだろう。

サッカーで手っ取り早く勝ち点を得る近道は、守備を固めて失点をしないことだ。そこで勝ち点1。さらにカウンターで相手の裏を突いて得点を奪えば、勝ち点3だ。そのやり方である程度の結果を残したのが昨年までのフィッカデンティ監督だ。

ただ、そのようなサッカーが見ていて楽しいかと聞かれたら、多くの人が首をかしげるだろう。「これでもか」というぐらいに守備を固めて、攻撃は単調なロングパスからのカウンター。それをスポーツ観戦として許容できるのは、独特なサッカー観を持つイタリア人だけだろう。

城福監督は、それとは正反対のサッカーを志向しようとしている。DFラインから正確にパスをつなぎ、自らが主導権を握って攻撃を組み立てていくサッカーだ。そして多くの人は、業界独特の言い回しである「ボールを握る」サッカーの方が楽しいと思うはずだ。

難しさはある。組織で個人のウイークポイントを補っていく形になる守備の整備は案外すんなりいくが、最後は個人の力量に負うことが多い攻撃はおいそれとはいかないからだ。守備に比べ、攻撃の整備はハードルが高いのだ。さらにポゼッションが高いからといって、必ずゴールが生まれるものでもない。それは、大宮戦でも明らかになった。

勝つためには、なにが最適なのか。それは人それぞれの好みだろう。その中でFC東京は主導権を握るというサッカーを志向した。大切なのは志を持つこと。試合後に浴びせられるブーイングに対して「期待の表れ。あのブーイングを歓声に変えられるのはわれわれしかいない」といった城福監督。時間がかかろうとも理想を追求したサッカーを、ぜひ実現させてもらいたい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。