2月29日、東日本ボクシング協会の総会が開かれ、満場一致でワタナベジムの渡辺均会長が新会長に選ばれた。

規則で日本ボクシング協会会長も兼ねることになり、「これまでお世話になったボクシング界に恩返しがしたい。今、内外で問題が山積している。話し合いを続け、一つ一つクリアしていきたい」と抱負を語った。

渡辺氏は高校卒業後、国鉄職員として働きながら1969年プロデビュー。最高位で日本ミドル級3位にランクされたが、早々と引退。25歳で栃木県日光市にジムを開設した。

31歳のとき東京・五反田に移転し、世界ボクシング協会(WBA)スーパーフェザー級のスーパーチャンピオン内山高志ら3人の世界王者を育てた。

「世界チャンピオンをつくるという夢はかなった。次は新たな環境で頑張りたい。やっとやりがいがあり、面白い仕事が見つかった。軽いフットワークで動きますよ」と目を輝かせた。

いくつかの難問が待ち受けているが、その一つが亀田問題。2013年12月、亀田大毅氏が「負けても防衛」となった騒動で、日本ボシングコミッション(JBC)は亀田サイドの事実上の国内活動を禁止した。

そのためジム側は資格回復の提訴に加え、JBCに対し、6億6000万円の損害賠償請求を起こした。渡辺新会長は「ライセンス発行のため話し合う用意はある。まず現在、訴えている裁判を取り下げてほしい。そうなれば道は開けるのではないか」と積極的な姿勢を示した。

また、国際ボクシング連盟(AIBA)が打ち出した「五輪にはすべてのボクサーに門戸を開き、ベストの選手が参加できるようにしたい」という画期的なプラン対応にも前向きだ。

20年の東京五輪から具体化する可能性が高く、「アマチュア連盟との有効な関係を強化し、国際的な流れを考えていきたい」と語った。

プロの世界王者が五輪の舞台へ。果たして、この遠大なる構想にどう向き合うのか。

渡辺新会長はジム経営の経験が41年になる。「今後のジム経営は現場スタッフに任せ、ワタナベジムに注いだエネルギーを、今度は協会のために注ぎたい」と決意を示している。

渡辺新体制は4月1日から。ボクシング人気はやや低迷気味だが、どう新鮮な風を送り込むのか。新会長の手腕に注目したい。(津江章二)