サッカーの世界には、誰もが知っているゴールがある。そのほとんどは、大きなタイトルの勝利を決定する特別な意味を持つ一発であることが多い。ただ、その得点場面を多くの人々が覚えているのは、必ずしも素晴らしいシュートという理由ばかりではない。記憶に刻まれるための“洗脳"があるのだ。

例えば、数年ぶりにイギリスを訪れる。ホテルの部屋で、自分でも理解のできるチャンネルを探す。必然的にテレビの画面に映っているのは、ほぼフットボールとなる。そして、ボーっと見ていて気づくのは「あっ、またこのゴールシーンをやっているわ」だ。さすが伝統を重んじるお国柄。何年たっても、サッカーの名場面は延々と繰り返されている。

「ギャグはリピートだ」といった先輩がいた。これはいまになると、名言だと思う。最初はくだらないと感じることでも、何回も聞いていると思わず笑いが込み上げてくる。同じように、サッカーのゴール場面も繰り返し目にするうちにすごく重みのある得点であることに気づかされる。一度見ただけでは理解できなかった、特別な一つのゴール。それに対し、様々な意見を持った人たちが酒場で意見を戦わせれば、それはもはや文化だ。

同じ名場面を何度も繰り返す。日本と海外ではテレビ放送を取り巻く環境が違うので一概にはいえないが、日本はスポーツを文化にしにくい環境なのだろう。例えばプロ野球は、オジサンたちの酒場での会話に挙がる共通の関心事だ。それでも、王貞治さんが現役時代にハンク・アーロンの記録を破った755本塁打の場面や公式戦通算本塁打868本を放った打席を鮮明に記憶している人は、それほど多くないような気がする。

日本では、テレビで王さんの現役時代のプレーを目にすることはほとんどない。しかし、1966年のワールドカップ(W杯)イングランド大会決勝でジェフ・ハーストが決めたハットトリックについて、イングランドの誰もが半世紀前のウェンブリーのスタンドで目撃したかのように知っている。それはスポーツの置かれている地位が、音楽や芸術と同じレベルにあるからではないだろうか。人々に見てもらい、意見を持ってもらい、語らってもらう。そのために海外では、良い面も悪い面も含めて競技の持つ要素のすべてをさらしているような気がする。

それを考えれば、日本でサッカーが文化として成熟するには、まだまだ時間がかかりそうだ。なぜなら、主催者側が見せたくないものにはふたをしてしまう傾向が日本にはあるからだ。

20日に広島とG大阪が戦った富士ゼロックス・スーパーカップ。雨にもかかわらず日産スタジアムに駆け付けた観衆が、サッカー自体を楽しめたのかは疑問が残る。勝敗という意味では、3―1で勝利を収めた広島のサポーターはある程度の満足感を得ただろう。しかし、どういうゴールが決まったかを記憶するのは、相当の動体視力を持った人でないと無理だ。

後半6分の佐藤寿人の先制ゴール。守備ラインの裏に抜けることを得意とする佐藤のプレーは、オフサイドとギリギリのところに攻防線があるためにしばしば微妙な判定になる。そして、後半12分に広島の2点目となった浅野拓磨のPK。結果としては柏好文の左サイドからのクロスを、G大阪のDF丹羽大輝がハンドをしたという判定なのだが、実際にはボールが当たったのは丹羽の顔面だった。

問題なのは試合を左右する重要な二つの場面について、スタジアムでは映像の再生がなかったことだ。その後に決まった2ゴールが大型スクリーンでリプレーされたことを考えれば、再生しないというのは明らかに意図的だった。

スタジアムに行った観客が、試合の状況を一番把握できていない。テレビを見ていたほうがはるかに分かる。そんな現実を作り出しているということに、主催者側は疑問を感じないのだろうか。応援よりも試合内容を楽しみたいという観客は、そのうちにスタジアムに足を運ばなくなるだろう。

審判のミスジャッジによる現場での混乱を避けるために、ビデオ再生をしない。いかにも日本的な事なかれ主義の考え方だ。だが、サッカーに関心がある者なら「誤審を含めてサッカー」ということは、みんな理解している。幸い、ここは日本。南米のように審判が銃で撃たれる心配もないのだから、淡々と進めればいい。例え、それが相手のものであっても、ゴールシーンを見たくない観客はいないはずだ。

大切なのは、安くはない入場料を払って足を運んでくれた観客の期待に応えること。大前提は、サッカーの最大のハイライトであるゴールの瞬間の情報をふんだんに与えることだろう。試合に行ってもゴールの記憶がない。それは悲劇以外のなにものでもない。そうなればスタジアムに行く意味もない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。