新しいシーズンが、いよいよ始まる。日本にプロリーグが誕生して、今年で24シーズン目。1993年のJリーグ発足当時、ワールドカップ(W杯)出場経験のなかった国はひのき舞台での戦いを5度経験し、五輪にも当たり前のように6大会連続の出場を果たしている。

その間、W杯ではグループリーグを2度突破し、ベスト16入りを果たした。そして、五輪に関しては1996年のアトランタ大会でブラジルを撃破する「マイアミの奇跡」を演じ、前回のロンドン大会ではベスト4に進出した。この二十数年で日本のサッカーは飛躍的進歩を遂げたといえるだろう。

だが、近年のJリーグが停滞していると感じる人は少なくないのではないだろうか。同じようなことが、小さくまとまって繰り返されている―と。それを踏まえれば、Jリーグはそろそろ次のステップに踏み出す段階に差し掛かっているといえる。

昨年のアジアカップでは準々決勝で敗れ去ったとはいえ、日本がアジアのトップランクにいることは間違いない。ただ、アジアのトップに立つだけでは、世界で通用しないこともよく分かってきた。

世界で勝つことを本気で考えるのなら、日常を変えていかなければいけない。そう、Jリーグの質を高める以外ないのだ。それにはコーチングスタッフや選手も含め、関わるすべての人間が意識を高く保ち続けなければいけない。意識を維持することは簡単そうで難しいが、それを実行しなければ新たなJリーグの局面を見ることはできないだろう。

シーズン初めには、すべてのチームがそれぞれの目指す理想を掲げる。その時点での意識は、かなり高いはずだ。ただ、シーズンが進んで負けが込めば、心は変わる。理想を簡単に捨て、現実に戻るのだ。もちろんプロという契約社会で生きている人たちにとっては、自分の生活という現実のほうがなにより大切だ。理想を追求し、失敗の末に職を失っても誰も責任を取ってはくれない。すべてが自分に跳ね返ってくるのが、プロという世界だ。それでも何かを変えようという信念を持たなければ、Jリーグは変わらないだろう。

Jリーグのチームで現在、レギュラー格と見られている選手。彼らは、さらなるチャレンジをしているのだろうか。その場限りにしか目線がいかず、未来を見ようとしない選手がいるのではないだろうか。

日本代表について、よく「海外組が重宝され過ぎだ」という人がいる。Jリーガーが軽視されているというのだ。本当にそうだろうか。単純に海外組の選手のほうのレベルが高い―。選手選考に偏見のない外国人監督は、そう思って日本代表のメンバーを選んでいるのではないだろうか。

日本代表では、主力としてのポジションを確実にしている海外組の選手たち。彼らは常に緊張感あふれる競争を勝ち抜いて、ピッチに立つことを許されている。本田圭佑(ACミラン)、長友佑都(インテル・ミラノ)、岡崎慎司(レスター)、吉田麻也(サウサンプトン)。外国人枠のあるイタリア1部リーグ(セリエA)やイングランド・プレミアリーグでプレーするこの4人は、十分なパフォーマンスを発揮できなければ、すぐに放出候補に名が挙がる。「助っ人」であるがゆえに、マスコミに戦犯扱いをされてしまうこともしばしばだ。だから、ハートがタフになる。

そして、ドイツ1部リーグのドルトムントでは、特別な存在と思われていた香川真司。彼でさえ13日に行われたハノーバー戦で先発に復帰するまでは、リーグ戦では2試合連続のスタメン落ち。当たり前の競争原理といえばそうだが、常にシビアな実力主義の世界に身を置いている。勝負に対する心構えが、環境によって変わってくるのは当然だろう。

対する日本はというと、Jリーグは決してレベルの低いリーグではないと思う。遠藤保仁(G大阪)や中村憲剛(川崎)といった海外経験はないものの優れた選手を生み出してもいる。それでも物足りなさを覚えるのは、もっと高いレベルの試合を展開できる余力があるのに、力を出し惜しみしているのではと感じられるからかもしれない。ゴールを奪う意識。球際の激しさ。1対1の勝負。国際試合においては大前提となる多くの要素が、Jリーグでは軽視されているように感じる。

ビッグクラブゆえの大きな批判に我慢強く耐え、いまやACミランにおいても重要な役割を果たすようになった本田。プレミアリーグで快進撃を続けるレスターを支える岡崎。欧州で活躍しているからといって、彼らは何も特別な選手ではない。

なぜなら、現在の海外組も海を渡るまではJリーガーだったからだ。だからこそ、Jリーグは選手の意識の持ちようで必ず変わる。今シーズンは、その進化したJリーグを見てみたい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。