昨年12月に開催された柔道のグランドスラム東京大会で、誤審問題が起こった。男子81キロ級の世界チャンピオン、永瀬貴規(筑波大)が準決勝で李スンス(韓国)の脚を触ったとして一発での反則負けを宣告された。

国際柔道連盟(IJF)は2013年から立ち技での攻防で、相手の脚に触れることを一切禁止し、反則としている。永瀬の場合は、得意の大内刈りから内股への連絡技を仕掛けたところを李にまたがれ、さらに押し込んですくい投げを決めたが、左手が相手の脚に触れたと判断された。永瀬は左手で上着の裾を最後まで持っていたとアピールした。審判団がジュリーと呼ばれる審判員を交えてビデオによる検証を行ったが、判定が覆ることはなかった。

私も複数方向からのビデオを見たが、明らかな誤審だったと思う。永瀬は最後まで裾を持っていたようにしか見えなかった。IJFのバルコス審判主任に確認すると「一瞬、永瀬の左手が裾から離れて、相手の下半身に当たっていた」と主張した。どこか、ばつが悪そうな様子で「ビデオ判定は完璧な『神の眼』ではない。非常に厳しい判定だった」と続けた。永瀬は「これが五輪本番じゃなくて良かった」と悔しさを押し殺したが、気の毒だった。

柔道では誤審問題はたびたび起こっている。2000年シドニー五輪男子100キロ超級決勝で篠原信一がダビド・ドイエ(フランス)に決めた内股透かしが認められず、相手のポイントとなって敗れた。「世紀の誤審」と呼ばれ、ビデオ判定の本格導入の契機となった。

ロンドン五輪では男子66キロ級の海老沼匡(パーク24)が韓国選手との準々決勝での判定で一度は相手に旗が上がったが、ジュリーが異議を唱えてやり直しとなり、最終的には海老沼が勝者となった。

激しい動きの中で、微妙な判定が出てくるのは仕方ない。ただ、それを運営する体制に問題があると思う。ジュリーの権限が非常に曖昧で、強権的に判定に介入するときもあれば、あっけなく問題を看過するときもある。今回の永瀬の試合でも、明らかに問題が起こっている状況で、ジュリーの立場が不明瞭なまま判定が通ってしまった。IJF関係者によると、最近のIJFのビゼール会長は誤審問題に敏感になっているという。ビゼール会長が永瀬の試合の時に不在だったこともあり、会長が戻ってくる前に事を荒立てることなく穏便に済ませたかったのではと推測する関係者もいた。また、試合直後に審判員のほかに多くの関係者が議論に加わるなか、永瀬の潔白を主張すべき日本の関係者の存在感が薄かったことも気になった。全日本柔道連盟の幹部が「俺は英語がしゃべれないから」と議論の輪から距離を置いて、遠巻きに文句ばかりを言っている姿は寂しかった。野球や相撲などはビデオ判定になったときに審判員が観客への説明を行うが、柔道では行われない。説明責任を果たすべきだ。

技術面を見ても、今後も同様のケースは起こるだろう。背負い投げや内股などを受けた側が意図的に相手をまたいで、攻め手の反則を誘発することができる。攻防の中での動作の見極めは難しいが、あからさまな「またぎ」には何らかの規制を設けてもいいと思う。

IJFはリオデジャネイロ五輪の後にルールを見直す予定だ。2020年東京五輪まで適用される新しいルールは日本にも大きな影響を与える。欧州主導で技術面、運営面で改正が行われているのが現状だ。日本は選手強化だけでなく、IJFに堂々と切り込んでいける人材の育成も求められる。

森本 任(もりもと・まこと)1998年、共同通信入社。プロ野球担当として阪神、日本ハムを担当。08年北京、10年バンクーバー五輪では柔道、スキーなどを取材。11年1月からニューヨーク支局で米スポーツをカバー。15年1月に本社に戻り、レスリング、大相撲、柔道などを担当。