サッカー男子の五輪予選としては、1996年アトランタ大会以来の集中開催で行われるアジア最終予選。その開催地が中東のカタールと聞くと、「ドーハの悲劇」という強烈な洗礼を受けたわれわれの年代は意味もなく胸騒ぎを覚えてしまう。

手倉森誠監督が率いるチームは、過去の五輪代表チームに比べ決して評価が高いとはいえない。U―20、U―17という年代別W杯への出場権をアジア予選の段階で逃した、言うならば“世界を知らない"メンバーで構成されているからだ。

日本の初戦となった13日の北朝鮮戦は、最終予選の今後を占う上でかなり重要な一戦だった。そして、1―0で勝利したことは、選手たちが抱えていたであろうプレッシャーという名の「心の荷」を―一時的ではあるが―下ろせたという意味でも大きかった。

どんな大会でも、初戦というのはとても重要だ。4チームによるグループリーグの場合、初戦を取ると圧倒的にトーナメント進出の確率が高くなる。2014年のW杯ブラジル大会では、決勝トーナメントに進出した16カ国のうち、12カ国が初戦を制していた。逆に初戦を落として復活したのは、日本と同組だったギリシャ、ハリルホジッチ・現日本代表監督が指揮したアルジェリア、ウルグアイの3カ国。残りの1カ国は引き分けのナイジェリアだった。

リーグ戦3試合が持つ価値は同じのはずなのに、なぜ初戦の比重が高くなるのだろう。おそらくは精神的なものだろう。W杯に出場するレベルの選手でも、メンタルで左右されるということだ。心に余裕を持って2戦目以降に臨むことができれば、あえてリスクを冒してまで勝ちにいかなくてもいいという選択肢も生まれる。逆に初戦で負けると、残り2試合を無理してでも勝ちにいかなければならない。その意味では、U―16とU―19の時にアジア選手権で敗れている北朝鮮に勝ったということは、苦手意識をぬぐい去れただけでなく、大きな自信を日本の選手らに与えたに違いない。

開始直後からリスクの高い自陣でのボール回しを避けて、ロングボールを多用する。手倉森ジャパンを見て、これまでになく現実的な戦い方をするチームだなと思った。

「まずはポゼッション」。近年、日本の年代別代表チームに共通して見られる傾向だ。ボールを支配することは悪いことではない。ただ、相手に競り勝つという本来の目的が軽視されてしまい、「良いサッカーをやった」という自己満足的な考えが横行してしまっているようにも思える。それが、北朝鮮戦で見せたU―23日本代表の戦いぶりからは感じられなかったのだ。

アジア予選で何よりも優先されるのは結果だ。「この内容じゃ世界に通じないよ」と訳知り顔で語る人もいるが、世界で戦うことを考えるのは出場権を得てからの話なのだ。

どうしても固くなりがちな真剣勝負の初戦で、日本は理想的な形で先制点を奪った。山中亮輔の右CKをファーサイドでフリーになった植田直通が冷静に右足でたたき込んだのだ。現代サッカーにおける得点の3分の1はセットプレーから生まれるのだが、A代表も含めこのところの日本代表ではほとんど見られなかった。このチームには、得点した植田や岩波拓也、鈴木武蔵の185センチを超える選手に加えキャプテンの遠藤航と、空中戦に強さを発揮する選手が多い。手数を掛けずに点を取る武器を持っているといえる。複数の選手が得点も取れ、おとりにもなれる。これは短期決戦を勝ち抜く上で大きな強みだ。

ゴールを守ること。ゴールを狙うこと。シンプルではあるが、サッカーで最も基本となる二つの要素を、日本は忠実に実行した。同点とされてもおかしくない場面もあった。それでも、重圧のかかるタフな試合で最後まで我慢を重ね、勝利という結果を手にしたことが何より素晴らしい。

A代表も含め、日本が最も苦手とする展開。それはゴール前にロングボールを放り込まれ、フィジカル勝負を挑まれることだ。そして、北朝鮮はこのスタイルを最も得意としている。日本守備陣は厳しい肉弾戦にひるむことなく、集中を切らすことなく守り抜いた。力勝負を真っ向から受け止めて勝ち切ったという事実は、確実にチームを一回り成長させたに違いない。

「1戦目で十分鍛えてもらったな」

試合後、手倉森監督はこう話した。その通りだと思う。12日のチームより、北朝鮮戦を終えた13日のU―23日本代表は、精神的なタフさという面で確実に進化したはずだ。なぜなら、この年代はたった1試合でも変われるからだ。

今予選の最終となる30日に、「このチームは強かったよね」という言葉が日本中から聞かれることを願っている。五輪6大会連続出場の安堵(あんど)感ともに祝杯を挙げられれば、これほどの喜びはないのだが。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。