昨年大みそかの「紅白」は紅組の勝利に終わったが、「赤青」決戦となった元日の天皇杯は赤組の勝利とはならなかった。これで、2015年シーズンの「赤青」対決は4勝1敗とした青のG大阪に軍配。赤の浦和との―競馬で言うところの―勝負付けは済んだのではないだろうか。

浦和の試合後には、いつも聞かれるフレーズがある。

「内容ではわれわれの方が勝っていた」

2014年シーズン、浦和はG大阪との直接対決に敗れ、目前にしていたJ1制覇をもぎ取られた。それ以来、やけに耳につくようになったペトロビッチ監督の言葉だ。

いまや日本で最も注目を集めるカードとなった浦和とG大阪との試合。それは常にどちらが勝ってもおかしくない接戦となる。一方、攻め込む回数では浦和が多い。それでも、G大阪が4勝1敗と圧勝したという事実は、G大阪のゲームプランがより勝利に近づくためのものだということを示している。そして、選手交代も含めたゲームプランを選手に授けるのは監督だ。その論理からいえば、タイトルにより近い指導者は、ペトロビッチ監督ではなくG大阪の長谷川健太監督ということになる。

他チームに比べれば、優秀なメンバーがそろっている。順位も常にタイトルに手の届く位置にいる。ただし、ペトロビッチ体制になって4シーズン―低迷するチームを立て直ししたものの―優勝トロフィーは一度も手にできていない。昨年のJ1第1ステージ制覇を優勝とカウントしていない人にすれば、浦和がここ一番で見せる勝負弱さの原因が監督にあると考えても不思議のない段階まで来ているのではないだろうか。

話を天皇杯決勝に戻すと、引き締まった「寒さ」をまったく感じさせない好ゲームだった。両チームともに最後尾には優れたGKを擁しているため、スコアこそ大きく動かないものの得点機は多かった。そして、この状況でより輝いたのはG大阪の東口順昭だった。

前半に1点ずつを奪い合い、後半8分にG大阪のパトリックが右足シュートを決め2―1で勝利を収めた。なんでこんなプレーが許されるのかな。そう疑問に思ったのが、パトリックが決勝点を挙げた場面における浦和の守備だ。

G大阪の右CK。ファーサイドのパトリックのマークをしていたのは槙野智章だった。ところが、槙野は右サイドに完全に背を向けた状態。キッカーの遠藤保仁どころか、背後をまったく見ていないのだ。

サッカーにおける守備の基本は、ボールとマークする相手を同一視できるポジションを取ることだ。だが、あの体勢では槙野は遠藤がいつボールを蹴ったかさえ分からなかっただろう。他の球技のことはあまり知識がないのだが、バスケットボールやハンドボールではあのようなマンマークのやり方もあるのかもしれない。ただ、サッカーではあり得ない。勝負どころのポイントを押さえることにたけたG大阪は案の定、CK時にボールを見ない浦和守備陣の弱点を的確に分析していた。

遠藤がCKを蹴る直前のサインプレー。パトリックがスクリーンして反時計回りに流れると、今野泰幸が槙野をブロック。CKのゴール前ではあり得ないようなフリーとなったパトリックは易々と決勝点をたたき込んだ。

槙野のようなマークの仕方はJリーグでも時々見られるのだが、これを許している指導者の考え方が理解できない。ボールを蹴る瞬間を見ていないのでは、マークする相手とヘディングで競り合うこともできないからだ。この体勢で出来ることといったら、手で相手を抑えつけて動きを制限すること。それでさえPKの可能性を大きくはらんでいる。

何より怖いのは、日本代表にも選出されているディフェンスの選手がこのような“軽い"プレーを平気でやってしまう土壌があることであり、そして、それが許されているという日本の現状だ。今年は、今月13日からリオデジャネイロ五輪の最終予選、そして現在、2次予選を行っているW杯ロシア大会を目指す戦いも9月から最終予選に突入するというのに。国内チーム同士の試合なら、「何をやっているんだ」で済まされるかもしれない。だが、これで国際舞台での結果を残そうというのは、あまりにも甘すぎないだろうか。

31日には透明性を高めるため選挙を新たに導入した日本サッカー協会(JFA)の次期会長選が実施される。これまでに立候補を表明しているのは、田嶋幸三・副会長と原博実・専務理事の2人。どちらが当選するにしても、政治的な問題だけにとらわれてほしくない。まず手をつけるべきは、ピッチで平然と行われている日本サッカーの“非常識"にメスを入れることだろう。ともに現役時代には日本代表に選ばれた選手ならば、おかしいと思っているはずだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップはブラジル大会まで6大会連続で現地取材している。