広島の前田健太投手が1月7日、ドジャースと契約を結び、念願のメジャー入りが実現した。広島球団に譲渡金約23億6000万円が支払われるが、前田の契約条件は日本人選手最長の8年契約で年俸総額は日本円で約29億5000万円プラス出来高払い。

1年で約3億5000万円だからヤンキースの田中将大投手に比べて相当低い評価で、なおかつメジャー選手の平均年俸より安い。

ただ、先発試合数やイニング数などの条件を全てクリアすれば8年で総額約118億円を超すという。

日本でも出来高払いが契約条件に入るようになってきたが、前田のケースは今更ながらメジャーの契約の複雑さというか、スケールの大きさを見る思いである。

▽どっちが得か

全ては前田の右肘への心配にあった。先発ローテーションに入る右腕を補強したかったドジャースは昨年12月、FAとなったマリナーズの岩隈久志投手と一度は3年契約で合意しながら身体検査の結果で獲得を断念した経緯がある。

前田には複数の医師が診察した結果、前田本人が言うように「イレギュラー(異常)があった」。それでもドジャースは「右肘に将来的な故障の恐れがある」としながらも獲得した。

レンジャーズのダルビッシュ有投手もそうだが、メジャーでは投手の肘の手術はある意味常態化しており、前田はそれを見込んでの長期契約という臆測まである。

今回の前田獲得はドジャースと前田にとってどちらが得かについて、米国内では「ドジャースには安全で前田にリスクが高い契約」との見方が支配的だ。

▽データ盗み

今回のコラムは昨年、楽天を引退した斎藤隆氏のメジャー球団へのフロント留学がテーマであるが、前田の契約一つを取ってみても、組織内に身を置くなりしないと「決断の真相」には迫れないだろう。

日本のトップ選手がなぜメジャーを目指すのか、その魅力と激しさの一端に触れるため、もう少しお付き合いを。

1月8日、米ヒューストンの連邦裁判所でカージナルスの元球団職員が「愚かな行為だった」と認めたのはアストロズ球団のデータベースに不正侵入してドラフト対象の選手リストやトレード関係の情報を入手した犯罪行為だった。

野球に限らずどのスポーツも今や「膨大なデータ」をどう使いこなすかが問われている。メジャーでは、映画にもなったアスレチックスがモデルの「マネーボール」のように、旧来の打率や本塁打などの価値を基にしたものではなく、データに基づいたチームづくりや試合運びが主流だ。

元球団職員が狙ったものは単なる選手のリストなどではなく、その球団が持つデータをどう生かしてチームづくりをしているかを知ることにあったのではないか。

カージナルスは球団の関与を否定しているが、喉から手が出るほどほしい情報に違いない。

▽「球場の違い」

昨年はヤンキースのマイナーチームの巡回コーチをした松井秀喜氏が、あるテレビ番組で「日本とメジャーの違い」を聞かれ「ひと言で言えば球場の違い」と答えていた。

松井氏に限らず、メジャーの球場をその目で見た日本人選手がまず口にするのが球場の素晴らしさである。

ほとんどが屋根なしの「ボールパーク」。見た目の美しさ、球場の華やかな雰囲気、ファンの温かい声援や選手に注がれる尊敬のまなざし、至れり尽くせりのロッカールーム。野球を「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」とする米国では野球は文化なのである。

選手たちも大いにプライドをくすぐられるわけである。それを支える球界、球団の仕組みや取り組みなどの裏側を知る日本の野球関係者は案外少ないだろう。

▽初のフロント留学

日米7球団の24年間で通算112勝96敗139セーブを残し、昨年限りで引退した斎藤隆氏がパドレスから「1年間のフロント留学」を許された。昨年12月初旬にはテネシー州での「ウインターミーティング」にも参加した。

関係者が一堂に会するこの会合はメジャーのオフの最大イベントだが、この場でFA選手の去就やトレードが決められるなど球団の戦力を左右する重要なものでもある。

斎藤氏は「あの選手を取るには誰を出すかなど、GMがデータや映像を使って説明する。チームの目標をどこに置くかで補強方針が違うのは当たり前。貴重な経験だった」と話した。

▽7年間のメジャー経験で決断

東北高―東北福祉大を経て1992年に大洋(現DeNA)にドラフト1位で入団。14年間で87勝48セーブを挙げ、自由契約選手となった2006年、36歳でメジャーに挑戦しドジャース入団した。

計5球団で7年間投げ、オールスター戦にも選ばれた。

13年から出身地仙台の楽天に入団し日本一も経験したが、このあたりから「メジャーのフロントで勉強してみたい」と思うようになったそうだ。

「日米のプロ野球を経験して待遇面などでなぜこんなに差があるのかと。そう思ったら裏側を知りたくなった」と動機を口にしている。

▽セカンドキャリア

日本ハムのチーム統括本部長である吉村浩氏は新聞記者、パ・リーグ職員を経てメジャーのタイガースのフロントで3年間働いた。その後、阪神に2年間在籍した後、日本ハムにヘッドハンティングされ現在に至っているが、チームづくりの根底にあるのはメジャーで学んだことだ。

日本ハムでは全てを数値化したベースボール・オペレーション・システム(BOS)をいち早く導入して2009年のリーグ優勝に結びつけ一躍注目されたが、それを主導したのが吉村氏だった。

斎藤氏のような選手実績があればコーチの道もあったと思うが、全く違う道を選んだ。

米球団には野球経験のない高学歴者や経営学修士(MBA)がたくさんいる。メジャーの奥深さを知るには1年では足りないだろうが、いいきっかけになるだろう。

斎藤氏はインターンシップながら、プロ選手上がりとして初めての米球団フロント入り。選手からコーチ、監督という図式ではないセカンドキャリアを目指すその開拓者魂に注目している。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆