この人もこうやって笑うことがあるのだなと、妙に感心してしまった。サッカーの欧州チャンピオンズリーグ(CL)で敗退の瀬戸際に追い込まれながら辛くも1次リーグ突破を決めたアーセナル(イングランド)のアーセン・ベンゲル監督である。皮肉を込めたようなニヤリとした笑いではなく、心の底から喜びがあふれ出したような素直な笑顔だ。冷静で本心を悟らせず、思慮深いイメージがあったベンゲル監督の「無邪気」な笑みは、意外でもあり新鮮でもあった。それだけ、この勝利が持つ意味が大きかったということだ。百戦錬磨の指揮官でさえ、そんなふうにしてしまう魅力が欧州CLにはある。

12月9日の1次リーグ最終戦でオリンピアコス(ギリシャ)に敵地で3―0と快勝し、16シーズン連続のベスト16入りを引き寄せた同監督は「完璧な出来だった。わたしにとって欧州(の大会)でのベストゲームの一つだ」と手放しの喜びようだった。連敗スタートとつまずき、綱渡りの末に手にした決勝トーナメント進出だっただけに「この大会に居続けることに焦点を絞っていた」と欧州CLの価値をあらためて強調した。

ベンゲル監督はフランス1部リーグのモナコを率いて実績を積み、1995年からJリーグの名古屋で監督を務めた。ストイコビッチらを擁して攻撃的なサッカーを展開。それまで低迷していたクラブを、リーグ優勝争いをするまでに鍛え上げた。同年度の天皇杯全日本選手権では見事に頂点に立っている。学者然とした風貌もあって「知将」「理論派」として名を知らしめ、アーセナルの監督に就任するため96年秋に惜しまれつつ日本を去った。

イングランドでも名将としての華々しい道を歩んだ。97~98年、2001~02年に2度の2冠(プレミアリーグとFAカップ優勝)を達成。さらに03~04年にはリーグ戦でシーズンを通して無敗(26勝12分け)で優勝した。この時期、計3シーズンにまたがってリーグ戦49試合負けなしという金字塔も打ち立てている。

“長期政権"を築いているベンゲル監督だが、いまだに手にしていないタイトルが欧州CLだ。最も近づいたのは決勝でバルセロナ(スペイン)に屈して準優勝だった05~06年シーズン。後半途中まで1―0とリードしながら、31分、36分に立て続けに失点して逆転負けした。あと一歩という経験があるからこそ、そこに懸ける思いはより大きいといえるかもしれない。

もちろん、今季の1次リーグを振り返れば、同組のバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に対して極端な守備的戦術で対抗するなど戦力的には優勝を狙うには厳しいと言わざるを得ない。だが、ベンゲル監督の笑みは、決して1次リーグ突破という最低限のノルマを果たして肩の荷を下ろした安堵(あんど)の笑みではなかったと思う。一時は自力での突破の可能性が消えながら首の皮一枚つながり、最終的に何とか決勝トーナメントへ生き延びた。66歳になったフランス出身の指揮官は「もしかしたら今季のCLは、われわれに運があるかもしれない」と目を輝かせる。イングランドの強豪クラブを率いて20シーズン目。欧州最高峰の舞台で、決勝トーナメント1回戦の相手はバルセロナという厳しい組み合わせに決まったが、静かに頂点への意欲を燃やしている。

土屋 健太郎(つちや・けんたろう)1979年生まれ。千葉県旭市出身。2002年に共同通信入社、12月から福岡でソフトバンクなどを担当。07年1月から東京でサッカー、大相撲、バレー、バスケットボールなどを担当。15年からベルリン支局でサッカーを中心に取材。

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