今季、プロ野球ロッテで飛躍を遂げた選手がいる。台湾出身の左腕、チェン・グァンユウ投手。成績は5勝4敗と飛び抜けた数字ではないが、来日5年目で初勝利を挙げ、左の先発投手が手薄なチームで存在感を示した。

昨季まではDeNAに所属していた。2年目の2012年8月に左肘の靱帯修復手術、いわゆるトミー・ジョン手術を受けて復帰に1年ほどかかった。外国人枠が埋まっていたチーム事情もあり、4年間で1軍登板はわずか1試合。2014年シーズン限りで戦力外となった後、ロッテにテスト入団してラストチャンスに懸けた。年俸は600万円(金額は推定)。にこにこと笑みを絶やさない好青年だが「ことし駄目だったら、もう台湾に帰ろうかなと思っていた」と覚悟を決めていた。チームに溶け込もうと、通訳がいない環境でも日本語で周囲と積極的にコミュニケーションを取った。春季キャンプ中、チェンに教えてもらった中国語がある。「お疲れさま」を意味する「辛苦了」という言葉だ。練習後や試合後、よくこの言葉を交わした。

チームが西武とクライマックスシリーズ出場を争っていた9月、10月は6試合に登板して無傷の3勝を挙げ、3位確保に大きく貢献した。この間の防御率は0・96。抜群の安定感で、同僚の石川らとともに月間最優秀選手(MVP)の候補にも名を連ねた。リストに載った候補者を見て「石川さんでしょう。自分はここに名前があるだけで十分ですよ。候補は有名な投手ばっかりじゃないですか」とうれしそうに笑みを浮かべていた。予想通り、月間MVPにはリーグでただ1人、4勝をマークした石川が輝いた。チェンは惜しくも受賞できなかったが、同じく候補に挙がった則本(楽天)、菊池(西武)ら各球団の主力投手と比べても決して見劣りしない成績だった。

序盤から順風満帆だったわけではない。楠トレーニングコーチは「キャンプから線が細かった。いいボールは持っているけど、それを5回、6回、7回と投げる体力がない」と見ていた。そこで「外国人枠の中で負けずにやるにはやった方がいい」と筋力トレーニングのメニューを手渡したという。前半戦は打者を抑え込むほどの球威もなく、カウントを苦しくしては逃げ切れなくなり、痛打されるパターンが多かった。2軍で鍛錬する期間も短くはなかった。それでも腐らずにロッテ浦和球場のトレーニングルームで実直にウエートトレーニングを重ねた。誰に言われるでもなく、自らのために体と向き合った。シーズン終盤は春先と比べ、上半身が一回り大きくなったように映った。そのことを聞くと真っ先に「全部クスさん(楠コーチ)のおかげですよ」と感謝を口にした。球威も増し、真っすぐは140キロ台半ばに達するようになった。

開花を感じさせたのは、東京ドームで行われた9月3日の日本ハム戦だった。約1カ月半ぶりの1軍登板。七回途中まで2安打1失点で3勝目を手にした。「台湾のヒーロー」と仰ぎ見る1番の陽岱鋼に対しては3打席で無安打、レギュラーシーズンを通しても7打数無安打、3三振と完璧に抑え込んだ。速球で鋭く右打者の内角を突く攻めの投球は、殻を破れずにいたシーズン序盤にはなかったものだった。最後は無死一塁から四球を与えての交代となったが、降板する際には内野手が次々にチェンと拳を合わせてねぎらった。主将の鈴木は「あの試合のチェンは本当に良かった。あいつは野手が助けてくれたって言っていたけど、こっちがリズム良く守らせてもらった。ストライク先行だったし、とにかく初回から先のことを考えずに飛ばして、自分の投球をしようとしていた。ああいう姿を見たら野手もやってやろうと思いますよ」と絶賛した。周囲の信頼を勝ち取った姿が、そこにはあった。

チェンの名前は漢字表記では陳冠宇だが、チームは片仮名で選手登録している。こう書くと、同じ台湾出身のサウスポーで、現在は米大リーグで活躍するチェン・ウェイン(陳偉殷)を思い起こさせると言ったら褒めすぎか。まだ25歳。今季の活躍をきっかけに、大きく羽ばたいてほしい。

長井 行幸(ながい・みゆき)1984年、千葉生まれ。2007年、共同通信に入社し大阪支社勤務。阪神を経て高校野球、ラグビーを担当。14年5月東京本社に転勤し引き続きアマ野球、ラグビーを中心に取材。15年からプロ野球ロッテ担当。