最高級の楽しさは、テレビの画面を通じても伝わってくる。その極上の「球体を介する芸術」を生で観戦できた人は、さぞや幸せなことだったろう。未来ある少年は、ピッチのスーパースターたちに自分の姿を重ねる。サッカーファンの彼氏に無理やり連れて来られた女性は、このスポーツの持つ予想以上の楽しさに初めて気がついたはずだ。その意味で20日の日産スタジアム(横浜市)には、一足早くクリスマス・プレゼントが届けられたのではないだろうか。

3年ぶりの日本開催となったクラブワールドカップ(W杯)。必ずしも出場チームのすべてが、高額なチケットに見合う内容のサッカーを見せる訳ではない。ただ、広島と広州恒大(中国)による3位決定戦とバルセロナ(スペイン)とリバープレート(アルゼンチン)が激突した決勝の2試合がセットになった最高で4万円(カテゴリー1)にもなるチケットについて「損をした」と思った人はほとんどいなかったはずだ。

要因の一つが、開催国枠で出場し3位になったJ1王者・広島の活躍だった。豊富な資金力を前面に押し出し、サッカー界における“爆買い"を行う広州恒大。そのアジア王者を内容でも上回った2―1の逆転勝利は、近年アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)でも低迷が続くJリーグ勢の光明となった。

そして、やはり欧州王者のバルセロナだろう。世界中の誰が見ても楽しめるサッカー。それを繰り広げられるのが、現在のバルセロナなのだ。

よくマスコミでは「史上最高の」という表現を使うことがあるが、史上最高というのは歴史をさかのぼってみても一番すごいのだ。だから軽々しく使ってはいけない。しかし、メッシ、スアレス、ネイマール―いわゆる「MSN」―の3トップで構成するアタッカー陣は、近代サッカー150年の歴史でも最高級のものといえる。攻撃面でこれに対抗できるタレントをそろえたチームは、ペレを筆頭にトストン、リベリーノ、ジャイルジーニョの4人を前面に、自国開催のW杯で全勝優勝を飾った最強のセレソン。1970年のブラジル代表だけだろう。

何十年後には確実にサッカーの歴史に刻まれているであろう「MSN」のバルセロナ。このチームがすごいのは、恐ろしく基本に忠実なところだ。決して難しいことはしない。キックの9割は最も正確なインサイド。ただ、ボールの置き所や体の向きは常に考えられている。

そんなバルセロナの選手たちもミスをしない訳ではない。だが、ボールを失った後にこそ、強さの秘訣(ひけつ)がある。守備への切り替えが恐ろしく早いのだ。このチームはマイボールを失う可能性は少ない。だから、失ったらまず取り返す。相手ボールになった瞬間の獰猛(どうもう)ささえ感じさせるプレスの掛け方は、「狩り」という表現が適切だ。エネルギーの掛け方が、猛獣の獲物を狙う瞬間と共通する。そしてこのボール狩りが、チームの肝となるところなのだろう。

試合の行方を決めた後半4分の2点目。スアレスのゴールは、まさにこのボール狩りから生まれた。自陣でリバープレートのサンチェスがゴンサレスに戻したボール。このパスが弱いと瞬時に判断したブスケツが抜群の出足でプレッシャーをかける。そして、こぼれたボールにイニエスタが素早く反応する。サンチェスを置き去りにするとボールをブスケツにつなぎ、ブスケツが右サイドにスルーパス。攻めていたリバープレートは、CB2枚がネイマールとメッシを見ていただけ。その空いたスペースをフリーで残っていたスアレスが独走し、冷静に2点目を流し込んだ。

普通では3枚のアタッカーが前線に残っているサッカーなど許されない。特に、W杯南アフリカ大会でMVPと得点王に輝いたあのフォルランにも守備を求めた指導者がいる日本ではあり得ないことだ。ただ、それが許されるというのは、バルセロナというチームの役割分担がいかに明確かを表している。

最終ラインの4人と中盤の3人でブロックを作り、そのいずれかのエリアでボールを奪う。相手が攻めに出て前掛りになっている状態では、前線の3人にボールさえ入れば、かなり高い確率で得点を奪うことができるだろう。

バルセロナの芸術的なサッカーに接すると、「美」とは基本を追求する過程で生れてくることがよく分かる。それを考えると、日本のサッカーが理解したつもりになっている「止める」「蹴る」、そして「攻守の切り替えの早さ」という基本は、実行されない標語になっている気がする。その意味で日本の選手たちは、録画を見直すべきだ。そうすればバルセロナがピッチに残してくれたプレゼントの価値が、きっと分かるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。

☆☆☆ お断り ☆☆☆ 年内は本稿で終了し1月7日付けから再開します