取材に向かったある日、年配のタクシー運転手がつぶやいた。「ラグビーは良く知らないんですけどね、あの何だっけ。船の名前みたいな。そうそう…」。これだけでも誰のことを指しているか、大抵の人には説明するまでもないだろう。

ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会で歴史的3勝を挙げた日本代表FB五郎丸歩(ヤマハ発動機)はまさに時の人となった。「ラグビーブームじゃなくて、五郎丸フィーバー」と表現されることは少し悲しい気もするし、本人も不本意だろう。それでも、現段階ではおそらくそれが現実だ。

これだけの人気を誇る理由は何か。珍しい名前や精悍(せいかん)な顔立ちはもちろんのこと、ただでさえキックを蹴る役割で目立つのに、「拝みポーズ」というおまけまでついた。実力も申し分ない。これほど条件がそろっている人はなかなかいないが、おそらくそれだけではない。言葉の力も大きな魅力の一つではないか。

「(南アフリカに勝ったのは)必然。ラグビーに奇跡はない」「ラグビーにヒーローなんていない」。

二つの言葉は典型例で、今も多くの人の心に残っている。強い印象を与えるワンフレーズはメディアにも重宝される。一般的には突如として出てきたスター選手だが、名言を残してきた数々の名選手たちと似た節がある。

五郎丸の特徴は、とにかく自然体で自身の感情を表す言葉は常に素直だということ。1次リーグ初戦、南アフリカ戦の前日は「僕自身が一番緊張している」と切り出し、顔が引きつっていた。続けざまに「今までのように平常心で臨むのは無理」と吐露。報道陣の前では取り繕い、試合が終わってみれば「実は不安がありました」というケースは日常茶飯事だが、主力の一人が試合前に本気で弱音を吐くことはあまりない。

取材してきたこちらが「大丈夫か」と心配になったが、今思い返せばそれこそが「五郎丸らしさ」だったのだろう。時にストレートな表現で、時に「準備してきたんじゃないか」と思うほど格好いい言葉を繰り出す。特に、W杯大会中は何度心の中でうなったか。スポーツ選手はよく「ゾーンに入った」という表現をするが、W杯での五郎丸の受け答えもまさにそう思わせるようだった。一方で、関心がない質問には「それはない」と一蹴し、戦術に関することには「それは僕が考えることではない」と相手にしない。取材現場には緊迫感が生まれ、自然と五郎丸の発言力は高まっていった。

南アフリカから歴史的勝利を挙げて2カ月近くが経過した11月14日のトップリーグ初戦。テレビ番組でキックの時に「ドレミファソラシド」を唱えてリズムをつくったというエピソードを明かしたため、実際のキックの時に「ドレミファソラシド」と歌った観客がいたそうだ。ファンからは「あんなに注目されて、プレーに影響はないだろうか」という心配の声も上がっている。それでも「外すときは外すので気にしない。みなさん(メディア)の前に立つ機会があれば、時間が許す限り対応する」と言う。何とも頼もしく、頭の下がる思いだ。

原動力は「日本で開催する2019年W杯のため」という強い思いだ。仲間のことになると人一倍熱くなる男にとってみれば、同じ願いを持つラグビー選手たちの代弁者になっているだけ。広告塔たる役割を理解し、身を捧げている。目指すは五郎丸フィーバーからラグビーブームへ。プレー外の奮闘ぶりに目が離せない日々は、まだまだ続きそうだ。

渡辺 匡(わたなべ・ただし)2002年共同通信入社。和歌山支局、大阪社会部などを経て11年から運動部。ラグビー、テニス、スケートなどを担当。東京都出身。