足踏み状態もそろそろ終わるのでは…。そんな期待を胸にJ1甲府のホーム・甲府市へ向かった。広島戦を見るためだ。お目当ては、中山雅史のJ1通算得点記録157にあと1点と迫っている広島・佐藤寿人。8月29日に156点目を決めて以来、ゴールから遠ざかっているが、「生みの苦しみ」にもそろそろ終止符が打たれるころだ。

佐藤はシュートゼロに終わり、記録達成はならなかった。やじ馬根性で都合よく記録達成の瞬間に居合わせようとしても、そう簡単に歴史的場面に出くわせるものではない。今季はJ2横浜FCのカズ(三浦知良)が最年長得点記録を更新する瞬間を目撃したが、どうやらそこで運を使い切ったようだ。

冷静に考えれば、1トップの佐藤にとって難しい試合展開になることは十分に予想できた。甲府は、引き分け以上で終えれば自力でのJ1残留を決められる。第2ステージと年間で首位に立つ好調な広島を相手に、戦い方の軸足を守備に置くのは間違いない。事実、試合が始まるとバレーを1トップに張らせる3―4―2―1の布陣は、中盤の両サイドが最終ラインに吸収される5バックの形。甲府が自陣深くに引きこもったことで、DFライン裏のスペースはなくなり、そこへ飛び出す佐藤の持ち味も消された。

それでも「ゴールの狩人」の動きは、見ているだけで楽しい。6月20日の山形戦で、史上初のJリーグ通算200得点(J2での50点を含む)を達成した日本サッカーが誇る点取り屋による相手DFとの駆け引きは見事の一言だ。目に見える技術的な動き方に加え、精神的なだまし合いも伝わってくる。「何もしないから放っておいてよ」という感じでDFの油断を誘うや否や相手の逆を突くのだ。一般社会なら、佐藤は間違いなく信用の置けない悪いやつだ。だが、スポーツではそれが許され、称賛されるのだから面白い。

欧州や南米では、一般的に点取り屋はエゴイストであることが多いといわれる。しかし、佐藤はピッチを離れるとあまりにも爽やか過ぎる好青年。謙虚であるからこそ、自分のタイミングでボールが出てこなくても腐ることなく味方のパス出しに合わせる動きを延々と繰り返すことができるのだろう。

一度でも気を抜けば、致命的なダメージを与えられかねない。そんな切れ味鋭いストライカーの存在は、守備側から見ればかなりの精神的な負担となる。特に、オフサイドラインで「センチ単位」の駆け引きを挑む佐藤のような相手と対するDFの視野はラインコントロールを気にするあまり狭まりがちだ。広島の得点は、この甲府守備陣の視線が急激に狭まる展開から生まれた。

豪快な先制点だった。前半15分、センターサークルの千葉和彦から左サイドの清水航平に展開されたボール。清水がダイレクトで折り返したボールをドウグラスがたたき込んだ。広島の森保一監督も「スーパーなゴール」と絶賛したペナルティーエリア外から放った左足ボレー。抑えの効いた難易度の高いシュートは、今季のベストゴールにノミネートされてもおかしくないほどだ。

前半30分には、塩谷司のロングパスを受けたミキッチが起点となって2点目が生まれる。右→左→中央→左とボールが展開され、清水が右足でニアサイドにたたき込んだゴール。これも守備側の視線を左右に大きく振らせたことが奏功した。一時的にでも目線を切れば、敵をフリーにしてしまう時間が生まれる。それがシュートを放つまでの時間的、空間的余裕につながるのだ。

試合は2―0で勝った広島が勝ち年間2位以上の順位を確定。チャンピオンシップ出場が決まった。一方、敗れた甲府も松本山雅が敗れたことでJ2降格を回避。甲府が4季連続でJ1を戦うのはクラブ史上初だという。

それにしても、ここ数シーズンの広島が見せる安定感は特筆ものだ。主力メンバーが入れ替わっても、選手の役割分担がはっきりしているので実行するサッカーの方向性は揺るがない。不調に陥っても戻るところがある「森保サッカー」は強いという印象だ。

試合終了後、佐藤に1点差で急追していた大久保嘉人が退場処分を受け、次節出場停止となったことを伝えると「それは残念です」と一言。本当に残念そうな心情が伝わってくるのは人柄か。その意味で、佐藤と大久保を正々堂々と競わせたかったと思う人は多いはずだ。試合の録画映像を見たが、あの判定では大久保がちょっと気の毒だ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。