必ずしも厳しさに満ちているとは言い難いJリーグの試合。日頃、ドメスティックな世界に閉じこもっていると忘れがちになるが、国外のチームと戦うとあらためてサッカーという種目における「1点の重み」を再確認させられることがある。21日に大阪・万博競技場で行われたアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第2戦、G大阪―広州恒大(中国)の試合はまさにそうだった。

9月30日に敵地・広州で実施された第1戦。アジアでは特筆すべき豪華メンバーを誇る広州恒大を相手に、G大阪は1―2で敗れた。しかし、得点差は最小の「1」でアウェーゴールも奪った。その敗れ方は考え得る“最高"のものだった。ホームに戻った第2戦は勝利が大前提も、失点を0で抑え切れば1得点で決勝へ進めるという好条件を得ていた。鉄道に例えれば、特典付きの乗車券を手に入れたような状況だった。

ここで、簡単に「アウェーゴール2倍ルール」について説明したい。ACLを始めとするトーナメント戦では、ホームアンドアウェーで原則2試合戦う。その結果、勝ち数と得失点がともに並んだ時は、敵地(アウェー)での得点を2倍にして勝ち抜けるチームを決めるのだ。

相手チームにも寛容な日本のスタジアムでは、敵地で奪ったゴールが持つ価値の重要さが認識しにくい。ただ、現在のようにルールで選手が保護されていない一昔前の海外の試合では、この制度は敵地でゴールを奪いに行く勇気に対する「ご褒美」だった。欧州や南米では「ホームで勝って、アウェーで引き分ける」。これがサッカーの常識となっていたからだ。しかし、一方が始めから引き分け狙いの試合では内容が守備的になる。結果としてつまらない試合が増えたのも事実だった。

そのような状況に国際サッカー連盟(FIFA)が手を加えたのは1990年代。1試合の平均得点が史上最低の2・21という90年のW杯イタリア大会があったからだ。守備的で得点の入らない試合は、やはりつまらない。改善策として4年後の米国大会からリーグ戦での勝ち点を変更した。それまで勝利チームが得る勝ち点を2から3に増やすことで、「勝利=ゴール」を促したのだ。

話をACLに戻そう。広州恒大と0―0で引き分けたG大阪の戦い方は決して悪くなかった。立ち上がりから連動したプレスでボールを奪い、パスをつなぐ。それでも相手ゴール前を決定的に崩すことはできなかった。

試合を通じて、ゴールの可能性を感じさせる場面がほとんどなかったのも事実。もしあったとすれば、後半26分の倉田秋、後半34分の遠藤保仁が迎えたチャンスだった。ともに相手DFにブロックされたが、惜しかったのは遠藤のシュート。トーキックで良いコースに飛んでいたら分からなかった。

とはいえ、冷静に試合を振り返るとフィジカルエリートをそろえた広州恒大のようなチームが守備的な布陣でゴール前を固めたら、シュートコースはほとんど空いていないというのが現実だ。見方を変えれば、広州恒大の策にまんまとはめられた試合だった。そして、ある一定のレベルに達したチーム同士の国際試合。特にトーナメントでは、このように1点を争うシビアな攻防になる。

G大阪からすれば、わずか1点が届かなかったというところだ。しかし、その「1点」にははかり知れない開きがある。それを体感できたG大阪の選手たちが得たものは大きいだろう。アジア最強といわれるチームを相手に真剣勝負を演じたことで、試合における「限界値の基準」は確実にアップしたに違いない。それを知る者とそうでない者の差は、日本代表で例えれば厳しい環境で戦っている海外組と、国内組の差に共通したものがあるのではないだろうか。

試合後、G大阪の長谷川健太監督は今回のACLを振り返って「韓国、中国、タイの強豪チームと試合をすることで、非常にたくましく成長した」とチームにもたらした効果を語っていた。その意味で日本はもっとACLの価値を見直さなければいけないだろう。

このところの日本代表のW杯予選を見ても、国内組が機能していないのは明らかだ。それはJリーグが「緩い」からだろう。日本では体験できないフィジカルエリートと1点を競り合うACL。この舞台の本当の価値を再認識できなければ、日本サッカーはかなり危ういのではないだろうか。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。