ミスは当然のように起きる。ただ、その回数をいかに少なくするか。手ほどには器用でない足でボールを扱うサッカーだからこそ、ミスが前提となるのだ。

日本はここ10数年、そのミスを減らし、プレーの正確性を高めることでアジアにおける優位を保ってきた。確かな技術に基づく日本サッカーは1998年フランス大会でW杯初出場を果たすと、その後4大会連続で出場するなど、ある程度の成果を成し遂げた。ところが、最近の日本は最大の武器である「正確性」を手放しつつあるように感じる。

8日にシリアと対したW杯2次予選と、13日にイランと戦った親善試合。中東で行われた2戦を見て、日本代表の選手たちのプレーが「雑」になったと感じた人も多いのではないだろうか。

ショートパスとポゼッションを主体にしたザッケローニ監督時代のサッカーに比べ、現在のハリルホジッチ監督は「縦に速い攻撃」を重んじている。結果、一本のパスの距離が延びた。パスが長くなると、出す時のわずかな誤差が受け手に渡った時点ではより大きなズレとなって現れてしまう。それは理解できる。しかし、不用意なミスパスがあまりにも目につくから、「雑」と感じるのだろう。

相手ゴール前で勝負をかけるパスならば、ミスも許容される。通ればビッグチャンスになるからだ。だが、今回の2試合に関していえば「日本はこんなに下手だったのか」と思わせるイージーミスが多い。原因は集中力の問題だと思われるのだが。

多くのメディアが「2次予選E組最強の相手」とあおったシリア。冷静に考えれば、国際サッカー連盟(FIFA)のランキングで123位の国に、W杯常連国の日本が脅かされることなどそうないことは容易に分かる。ところが、シリアにフィジカルの余裕があった前半、日本はテクニックで圧倒できなかった。日本の技術レベルとはその程度なのだ。

後半、シリアの足が止まったこともあって、3ゴールを奪いはした。ただ、前半35分と同41分に与えた決定機のいずれかをシリアに決められていたら、どうだろう。ベタ引きで守備を固める相手から、複数のゴールを奪う必要があった。日本がグループの首位を奪えたかは、シンガポール戦の例もあるだけにはなはだ疑問だ。

日本との対戦では、常に自陣に引きこもるアジア勢。そのなかで常に前に出て、力で日本を圧倒しようとするイランとの一戦は、“緩い"アジア予選で調子の狂ったチームにとっては絶好の試金石だった。FIFAランキングでは日本の55位を上回る39位。来月はアルゼンチンを抜いて、ベルギーが世界1位になるというこのランキングの信ぴょう性には個人的に疑いを持っているのだが、ともかく久々に骨のある相手との対戦だった。

日本は、1トップに武藤嘉紀、左サイドに宇佐美貴史、ボランチには柴崎岳という次代の中心として期待されるメンバーを並べた。1―1で終わった試合は、システムが機能したかといわれれば残念ながら「ノー」だ。特に前半は宇佐美を始めアタッカー陣に、ほとんどボールが入らない状態。チャンスになりそうな場面でも、単純なパスミスで自らリズムを崩していった。

緻密なパスとポゼッション―。日本のストロングポイントであったはずのそれはどこに行ってしまったのか。Jリーグでは名うてのパサー柴崎にしても、国際舞台では存在感を発揮できない。この現実を目にすると、ここ10年の日本代表のサッカーは、遠藤保仁という類いまれなコンダクターの存在によって支えられていたのではないかと思えてくる。

ひょうひょうとした風体で、たとえW杯であっても慌てることなく正確にボールを配給する。苦しくなったボールホルダーの視界に常に姿を現し、ボールを受ける。気の利いたプレーを見ていると、ボール保持の「保」は遠藤保仁の「保」ではないだろうかと思わせるほどだ。そういえば、遠藤が日本代表のユニホームを着ていた今年1月のアジアカップまでは、現在とメンバーがさほど変わらないチームが圧倒的なポゼッションで相手を凌駕(りょうが)できていた。

イラン戦の後、ハリルホジッチ監督は「われわれの長所であるテクニックを使って試合を支配するべきだったが、かなり慌てて技術的なミスが多かった」と語っていた。

香川真司に本田圭佑…。局面を打開する技術を持った選手は確かにいる。だが、遠藤のように試合全体の流れをコントロールする頭脳と技術を持つ選手は少ない。そして、試合をより優位に展開するには、ピッチを俯瞰(ふかん)できる特別な目を持つ選手の存在が不可欠なのだ。ただ問題なのは、そのような選手はそう簡単に生まれないということだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。