大気が冷たく澄んでくると、条件反射的にサッカーシーズンが終盤を迎えていることを感じる。J1も残りわずか。チャンピオンシップ進出を狙うチームとともに、残留争いの行方も気になるところだ。

1993年の創設から今年で23シーズン目となるJリーグ。99年のJ2誕生で、降格、昇格の入れ替えが行われるようになるのだが、「オリジナル10」といわれる創設メンバーで、常にトップ・ディビジョンの地位を保ち続けてきたのは、鹿島、横浜M、清水、名古屋の4チームだ。

その4チームの一角である清水が、J2降格の苦境に立たされている。第2ステージ第13節(3、4日に開催)を終えた現在の年間順位は最下位の18位。残留圏の15位にいる新潟との勝ち点差は9ある。残り4試合を全勝すれば12ポイントを獲得できるため、数字上では残留の可能性があるが、かなり厳しい立場に追い込まれているのは事実だ。

そんな状況で迎えた13節。同じく残留を争う年間順位16位の松本との直接対決に挑んだ清水は1―0で敗れてしまう。同節では、年間順位17位の山形も第2ステージ初勝利を挙げて、勝ち点3を積み上げた。この結果、清水は次節にも降格が決まることになってしまった。まさに崖っぷちだ。

日本最高峰のリーグで清水が戦い続けることには、実は大きな意味がある。「オリジナル10」のなかで、唯一チーム母体を持たず発足したチームだからだ。大企業が金銭面で支援するのではなく、地域の情熱を支えに誕生した市民クラブ。それが清水なのだ。クラブ経営は必ずしもきれい事では済まないのだが、それでも大企業のお抱えで“ぬくぬく"と過ごす緊張感のないチームから比べれば、清貧ではあるがしぶとく1部リーグに食らいつく姿は常に好感が持てた。

とはいえ、リーグ戦という長丁場でのタイトルを獲得するには、ある程度の資金力が不可欠なのも事実だろう。清水はカップ戦である天皇杯とJリーグ・ヤマザキナビスコ・カップでは優勝しているが、リーグの年間王者にはなれていない。これは先に挙げた4チームのなかでは清水だけだ。

ただし、J1が今季と同じく2ステージ制を採用していた99年の第2ステージを制覇したあのチームは恐ろしく強かった。チャンピオンシップでは、PK戦の末に惜しくも磐田に敗れたが、年間通算勝ち点は磐田の49に対し、清水は65。誰もが99年の「真の王者」は清水だと思ったはずだ。

J2への降格が決定したわけではないので、今シーズンの総括は早急かもしれない。ただ、大榎克己監督の途中辞任を受けて田坂和昭監督が指揮を執っても結果が出ない。それを考えると、選手補強も含めたシーズン開幕前の準備が後手に回ってしまったのではないかという感じを抱いている。

今の清水を見ていると、2009年にJ2に降格したジェフ千葉を思い出す。「オリジナル10」である千葉は、日本リーグ(JSL)を戦った前身の古河電工時代から一度も2部リーグに降格した経験のないチームだった。だからだろうか。チームには「降格しない」という何の根拠もない無邪気とも言える楽観論があった。

この楽観論は08年のシーズン最終節の勝利でさらに強化される。本拠・フクダ電子アリーナにFC東京を迎えた千葉は2点を先行されながらも、後半に4ゴールを奪って逆転。見事、残留を果たしたのだ。

スタジアムがある公園の名称にちなんで「蘇我の奇跡」と呼ばれるこの快事は、やはりあくまでも奇跡でしかなかった。後にチーム関係者が「結果的にあの逆転劇が、チーム全体を勘違いの方向に導いた」と振り返っていたように「客観性」を失ったのだ。冷静に分析すれば、本来はJ2に降格するレベルのチームだったのだから、本腰を入れてテコ入れをしなければいけなかった。しかし、劇的な残留が危機感を薄れさせた。結果、翌シーズンはJ2に降格してしまったのだ。

同じことは清水にもいえる。昨季、チームがJ1残留を決めたのは、最終節の甲府戦だった。チームの危うい状態は、このとき既にあったのだろう。

残留したら、翌シーズンはリセットした状態から出直せる。確かに多くのチームはそうかもしれない。ただ、残留争いをするチームというのは、実はマイナスからスタートしているのかもしれない。その事実にいち早く気づく人材がフロントにいれば、降格という危機は避けられるのかもしれない。それも財力次第という面があるが。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。