8月9日、場所はロシアのカザニ。真夏だというのにパーカーが手放せない肌寒さの中で、水泳の世界選手権は行われた。17日間の戦いの最後となったこの日に、日本勢で今大会一番の劇的なレースが待っていた。午前の男子400メートル個人メドレー予選まで不調が続いていた瀬戸大也(JSS毛呂山)が、午後の決勝で覚醒し、金メダルを獲得。死力を尽くして「もぎ取った」日本勢初の大会2連覇という偉業の裏には、彼独特の感性があった。

実は、瀬戸は「記者受け」が非常に良い。取材の際は、どんな時でもハキハキと話し、嫌がる顔一つ見せない。コメントもバリエーション豊かで、意外性あふれる回答で笑いを誘うことはしばしば。カザニでは400メートル個人メドレー決勝を終えて取材ゾーンに現れる際、待ち受ける報道陣を見て力強くガッツポーズしてみせた。活発な少年がそのまま大人になったような無邪気さも魅力的な21歳の青年だ。

いつも驚かされるのは、父の幹也さんに、幼少期から後ろ向きな発言をすると注意されたことで培われたという、とことんポジティブな性格だ。米フラッグスタッフで行った高地合宿出発前の6月に成田空港で話を聞いた時のこと。直前の欧州グランプリでの活躍で「400メートル個人メドレーの金メダルが現実的に見えてきたか」と質問された時の受け答えが瀬戸らしい。「欧州グランプリとかジャパンオープン、日本選手権で4分10秒がコンスタントに出ている。(世界王者になった)2年前の方程式にあてはめると4分6秒ぐらいは普通に出るんじゃないかと思う」と、世界選手権本番で自己記録を2秒も更新する青写真を披露した。「方程式」と言うからには、緻密にこれまでのラップタイムなどをノートにつけて、日々研究しているのかと思いきや「全くつけていない。感覚ですね」とあっけらかんと言い、集まった報道陣を爆笑させた。

今回の世界選手権の優勝タイムは自己ベストは更新したものの4分8秒50と、「方程式」は成り立たなかったが、それは問題ではない。不調に陥った選手たちは得てして「こんなはずはない」と自分を見失って短期間では復調できないものだ。瀬戸も本命視された200メートルバタフライで6位、200メートル個人メドレーは準決勝敗退となり「レースで波に乗れない。正直怖い」と漏らしていた。高地合宿中に出たかかとの痛みで、練習をみっちりと積めなかったことも不振の要因だろう。右肘を骨折したライバルの萩野公介(東洋大)の大会欠場で、エースに“浮上"したことによる重圧もこれまでになくかかっていた。そんな逆境で「自分を信じた」泳ぎができたのは、普段から自分の好パフォーマンスをイメージし続けているからこそ。本当にあっぱれな復活劇だった。

400メートル個人メドレーは、短水路の世界選手権も合わせれば世界4連覇となった。申し分のない実績をつくり上げ、来年のリオデジャネイロ五輪を迎える。大一番に強い夏男は、五輪での最大の敵に萩野の名を挙げ「2人で優勝争いをしたい」と宣言した。2人は、しのぎを削ってきた同学年の両雄だ。自己ベストでは依然萩野が上回る。前回の2012年ロンドン五輪では瀬戸は出場権を逃し、萩野が銅メダルに輝いた。しかし、その後の主要国際大会の実績では、瀬戸が上だ。20年東京五輪まで続くかもしれない極めてハイレベルな日本人同士の金メダル争いを、まずは来年のリオで堪能したい。

吉田 学史(よしだ・たかふみ)1982年生まれ。東京都出身。2006年共同通信入社。仙台、盛岡、前橋の支社局で警察や行政を担当して12年から大阪運動部で高校野球やサッカーを取材。14年12月に本社運動部へ異動して水泳、フィギュアスケートなどをカバー。