共に強力な守備を基盤とするチーム同士の対戦。勝敗を分けたのは、独力で試合をコントロールできる司令塔の存在の有無だった。

直近5戦は、横浜Mが4勝1分けでFC東京は3勝2分けとともに好調。加えて、今季の総失点はFC東京がリーグ最少で、横浜Mが3番目に少ない。そんな両チームの試合は、予想通りゴール前での攻防が少ない内容だった。それでも、90分を退屈することなく見られたのは、マリノスに「10番」がいたからだろう。

近年、世界的に「絶滅危惧種」となりつつあるファンタジスタ。ここ十数年の日本代表には、ピッチを俯瞰できる特殊な視野と正確な技術、キックを併せ持った優れたゲームメーカーが数多く存在した。それは、中田英寿であり、小笠原満男、遠藤保仁らだ。ただ、真の意味でのファンタジーを備えている日本人選手は、中村俊輔と小野伸二だけだと個人的には思っている。

それがたとえゴールに絡まないプレーでも、見ているだけで楽しい。インターネットの動画でセルティック(スコットランド)時代の中村を見ると、なぜ彼がいまだに本拠・グラスゴーで愛され続けているのかが理解できる。一言で表すと、良い意味での「大うそつき」なのだ。ワンプレー、ワンプレーで欺き、翻弄するのは相手DFだけでない。自チームのサポーターの予想をも覆すのだ。自分が予想もしなかったすごいプレーを見せられれば、観客が喜ばないはずはない。

本来のポジションであるトップ下に入ったFC東京戦。中村一人だけ時間の使い方が違う。ボールの移動幅の大きい、スラロームのような左右両足での切り返し。フットサル選手のように足の裏でボールを引き、相手DFが飛び込みそうで、飛び込めない位置にボールを置いていく。一度飛び込んでかわされた相手は、もう二度と飛び込めないという状況を実にうまく積み重ねていく。だから同じワンプレーでも、他の選手よりボールを触っていられる時間が長い。時間が長ければ、パスを出すタイミングもより多くなるのは必然。そしてキックは、ワールドクラスだ。

試合後の「俊輔講座」を聞くたびに、「この人は、きっとすごい指導者になるのだろう」といつも感心させられる。それだけサッカーという競技を突き詰めて分析し、選手の心理面までも見透かしているのが中村俊輔という選手だ。

決勝点を生み出した後半43分のプレーは、まさに心理学者のそれだった。左サイドのスローイン。アデミウソン、下平匠と渡ったボールを受けた中村が、最後はクロスを放って勝負を決めるのだが、そこまでの相手守備陣との駆け引きが見事だった。

リスタートというのは、どうしても守備側はボール・ウオッチャーになりがちだ。スローインならなおさら、相手の視線は確実にサイドに引き付けられる。下平の横パスを受けた瞬間、中村の視線と体の向きはコーナーフラッグ方向だった。そのスペースに下平がフリーで走り込んだからだ。

下平にボールが渡り、そこからのクロス。このプレーにはFC東京の守備陣も備えていただろう。しかし、ファンタジスタはうそつきだ。相手の思考の裏をかき、一つのプレーで勝負を決めてしまうのが真骨頂。その期待通り中村は、急激にゴール方向に反転して左足を一閃。ゴール前に飛び込んだ富樫敬真のヘッドに、ドンピシャリで合わせる極上のクロスを放った。

ゴールの直前、中村と富樫との間には2人のDFがいた。その障害物がまるで存在しないかのような、芸術的な弧を描いたクロス。「シュンさんのボールが完璧だった」と決勝点の富樫がいえば、中澤佑二も「9割5分はシュンのゴール」と話す。それほどに精度の高いボール。キック1本で金が取れる選手とは、これだというプレーだった。

ただしフリーだったとはいえ、そのチャンスを確実に決めた富樫も素晴らしい。関東学院大在学中の特別指定選手で、この試合がJリーグ・デビュー戦だったという。その記念すべき試合で結果を出せるというのは、肝っ玉の太さとともに「何か」をもっているのではないかと感じさせる。そして大成する点取り屋は、必ずといっていいほど強運を身につけているものだ。

ベテランのファンタジスタと若い才能が融合し、スタンドを沸かせたマリノス。一方でFC東京はちょっと心配だ。年間順位3位とはいえ、この日のシュートはわずかに3本。後半はシュートなしという内容で、サポーターは何を楽しめばいいのだろう。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。