2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会を目指すアジア2次予選。予想外の低速発進となったE組の日本代表は、3試合目にしてようやく平均レベルの結果を手に入れた。最新の国際サッカー連盟(FIFA)ランキング58位の日本が同130位のアフガニスタンを6―0で下すのは、決して大勝ではない。浮かれることなく、あくまでも当然のこととして受け入れたほうがいい。それほどまでに本来の実力差はあるのだ。

ともに日本で戦ったシンガポール(同157位)は0―0と引き分け、カンボジア(同180位)には3―0で勝利。勝ち点を得たとはいえ、この結果は両チームの選手の質、特に所属チームのランクを比較すれば正直恥ずかしいものがあった。これだけの実力差がある格下チームを相手にイタリアの強豪であるACミランやインテル・ミラノがもし、ホームでぶざまな試合をしたら、どれだけの批判を受けるだろう。それを考えれば、激烈なブーイングが試合を行った埼玉スタジアムで巻き起らなかったほうが不思議なくらいだ。

バヒド・ハリルホジッチ監督が日本代表に新たに植え付ける、縦に早い攻撃。そのこと自体にはなんの異議もない。ただ、サッカーの緻密さでは、アルベルト・ザッケローニ監督の時代に比べ劣る気がする。

W杯本大会で決勝トーナメント進出を目指す日本が、アジア2次予選で得るものはほとんどない。アフガニスタン戦後に岡崎慎司が「チームが進化しているのかどうかは、アジアの難しさがあるので判断しづらい」と語っていたが、正直な感想だろう。なぜならアジアの“初期段階"では世界で最もレベルの低いチームが登場してくるからだ。

そんなチームのサッカー観は異常だ。リードされていても、決してゴールを取り返そうと前に出てこない。アジアの一部の国においてサッカーは得点の多さを競うのではなく、失点の少なさを競うスポーツなのだろう。そして、そのような国を相手にしたとき、はからずも日本の弱点が露呈する。

初戦のシンガポール戦に続き、カンボジア戦を見た人は気づいたと思う。日本人選手は代表レベルであっても、多くがキックに問題を抱えている。一言でいえば下手なのだ。ゴール前を人の壁で固めてきたカンボジア。相手をエリアから引きずり出す最良のプレーは、ミドルやロングレンジからのシュートだ。

そのセオリー通り、長友佑都や香川真司、山口螢が次々とシュートを放ってはいた。だが、どれもゴールの枠に飛ばない。香川に至ってはカンボジア戦前半42分の武藤嘉紀からのプレゼントパスを、何と相手GKに驚きのラストパスだ。“ド"フリーのポジションにいたのに、だ。このプレーはイタリアの「ガゼッタ」を始め欧州メディアに失笑をもって大きく取り上げられたようだが、欧州の一流舞台で同じことをやったら八百長を疑われてもおかしくないプレーだった。

中村俊輔、小野伸二、小笠原満男、遠藤保仁…。キックのスペシャリストたちが「日の丸」を外したいま、代表レベルでも狙ったところにボールを届けられない選手があまりにも多い。代表のキッカー不足は、そのままセットプレーからの得点不足に直結している。そして、意図の感じられないショートコーナーが、このところなんと増えたことか。

「守備は組織だが、攻撃は個々のアイデア」

日本サッカーの現場でよく聞く言葉だが、本当にそうだろうか。欧州の一流チームを率いる指導者の多くが、攻撃のほとんどをパターンで決めている。個のアイデアが生かされるのは、パターンから外れた状況の時のみ。そのような視点で見れば、日本の攻撃に約束事はあるのかと疑いたくなる。策のないサイドからの攻撃は、行き当たりばったりという感じすらする。

サッカー経験者には自明の理だが、ゴール前で最も合わせやすいのはサイドアタッカーが突破したままのタイミングで上げるクロスだ。ところが、日本のサイドの選手はフリーにもかかわらず、なぜか必ずと言っていいほど切り返す。結果、クロスは味方が合わせづらいGK方向に向かう弾道のボール。一度ストップして動き直した選手が、これを合わせるのはかなり難しい。

誰もがサッカーを始めた幼い頃から「クロスはマイナス方向に」という言葉を、嫌と言うほど聞いてきたはずだ。このセオリーは、サッカーが誕生してから約150年間、ただの一度も変わらない真実だ。

どうして日本代表は、もっと簡単にサッカーを行わないのだろうか。一つ一つのプレーの精度を高めれば、得るものの少ないアジア2次予選でも、個人の技術を十分に磨くことができると思うのだが。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。