ウルグアイ代表で1980年代から90年代にかけて活躍したルベン・ソサというストライカーがいた。身長は170センチそこそこ。決して体格に恵まれているわけではないが、俊敏で相手DFとの駆け引きが抜群にうまく、いとも簡単に得点を積み重ねた。そんなソサにつけられた愛称が「ゴールの詩人」だった。

先日のコパ・アメリカを見るまでもなく、南米のサッカーは激しい。なかでもウルグアイは守備に関しては比類なき厳しさを持っている。加えて当時のルールは現在と比べて、ファウルに対して寛容だった。その環境のなか、文学的なスマートさで次々とゴールを奪う選手がいる。それを知ったとき、妙にロマンチックなイメージを抱いたものだった。

「ゴールの詩人」というソサに与えられた最高の賛辞。それと同じ称号を与えたいと思わせる日本人選手がいる。J1広島の佐藤寿人だ。ポジション取りのうまさと、DFライン裏に抜けるスピード。シュート精度の高さ。決して大きくはない体格も「本家」に似ている。そしてなによりも、常に高いレベルで保たれるスマートな得点力は「詩人」と呼ぶにふさわしいだろう。

その佐藤が8月29日の名古屋戦で1ゴールを挙げ、“ゴン"中山雅史さんの持つJ1歴代最多記録の157ゴールに、あと1と迫った。記録更新は時間の問題だろう。

昨季までリーグでは11シーズン連続の2桁得点。J2で戦った97試合でも50得点を決めている。J1、J2合わせて200点オーバーのゴール数を記録している唯一の選手なのだから、間違いなくJリーグ発足以来で最高のストライカーだ。

相手DFとの神経戦も含めた駆け引きを繰り返し、ラインの裏に抜け出すプレースタイル。それを実現させるため不可欠なのが、阿吽(あうん)の呼吸でパスを通すことのできるパートナーだ。現在の広島では青山敏弘がこれに当たる。どちらのアクションが先であれ、出し手と受け手の意思疎通が研ぎ澄まされたコンビ。そのような2人の組むセットを見るのは楽しいし、チームとしてはこれ以上に信頼性の高い武器はない。同じことは、J1川崎の中村憲剛と大久保嘉人の関係にもいえるだろう。

サッカーで一番簡単に点を取るのはポゼッションでもサイド攻撃でもない。相手DFラインの裏に抜けてGKと1対1になることだ。イタリアの名門・ACミランで活躍した名FWフィリッポ・インザギは現役時代、約束事のようにオフサイドトラップに引っ掛かり続けた。しかし、一回でも抜け出せば1点を奪った。日本の指導者はなぜか一番簡単な得点方法を軽視して、ポゼッションやサイド攻撃にこだわる。それでいて、「決定力に欠けた」という試合後のコメントが出てくる。

佐藤はゴールを奪うための最も効率のよいプレーを繰り返して、Jリーグで最も数多くのゴールを挙げている。若年層も含めた日本の指導者たちはどうして、結果を確実に出し続ける佐藤のプレーをお手本にしないのだろうか。不思議に思う。

自分が強化関係者だったら、得点場面で佐藤が見せるDFとの駆け引きを、佐藤本人の解説入りでDVDにまとめる。それを日本中の育成年代のチームに配布し、まねさせるだろう。佐藤のプレーをコピーしようとする若い選手が増えれば、当然のように縦パスを通せる中盤の選手も増えてくることになる。セットで選手が育つのだ。

日本サッカー協会には技術委員会という部門がある。しかし、その技術委員会は正しくは「戦術委員会」であり、フォーメーションを語る「システム委員会」の傾向が強い。本当にサッカーの個人技術を突き詰めたノウハウを持つメンバーは、多くないのではないか。なぜなら、過去に確実に存在した素晴らしい個人技術がその後、受け継がれているケースが日本では少ないからだ。

サッカーの個人技術というのは、古いものより新しい方が優れているとは必ずしも限らない。事実、シュート体勢への持ち込み方と決定力に関して、釜本邦茂さんを超える日本人選手はいまだいない。他にも、抜群のスピードを誇る名古屋の永井謙佑が80年代に一世を風靡した金田喜稔さんの「キンタ・フェイント」を身につけたら、面白いほどに突破ができるに違いない。そんな“伝統工芸"的な質の高さが、佐藤のプレーにも数多く含まれているのではないだろうか。

いわゆる“職人の香り"がする技術は、個々の選手が嫌になるほど繰り返し練習することでしか身につかない。ポゼッションの練習だけでは、何一つ獲得できないのだ。その意味で、佐藤には現役引退後、真の意味での技術委員になってほしい。伝統技能を伝承するマエストロとして。

だが、いまだに「ゴールの詩人」は点を取り続ける。そんな33歳にスパイクを脱げと言える人は、当分の間は現れないだろう。それはそれでうれしいのだが。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。