9月26日、選手、審判員が喪章をつけて試合に臨んだ。20日、58歳の若さで亡くなった労組日本プロ野球選手会事務局長の松原徹氏を偲んでのものだ。

松原氏といっても分からない人は多いと思うが、選手会がニュースになるときはいつも選手会長が前面に出ていたからで、彼らを裏で支え続け、選手の権利を守る戦いに尽力し、「物言う選手会」として世間に認めさせた功労者であった。

▽WBC出場問題で主導権

松原氏は2004年の球界再編騒動で古田敦也会長らとプロ野球初のストライキを打って2リーグ制を死守した。

11年の東日本大震災の時のプロ野球開幕日問題では新井貴浩会長(現広島)とともに日本野球機構(NPB)を翻意させ、12年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)出場問題では米国側の偏った利益配分に疑問を呈して、一度は出場辞退を選手会で決議しメジャー側の譲歩を引き出した。13年の「飛ぶボール」に端を発した統一球問題でも、腰が定まらないNPBに問題提起を発信し続けた。

さらに選手のFA権取得の年数の短縮やそれこそ選手の移籍に伴う家族の引っ越し費用などの待遇改善に取り組んだ。

▽落合氏から勧められ選手会に

松原氏はロッテ球団職員としてマネジャーなどを経験した後、1988年に選手会事務局員に転職。きっかけは落合博満氏(現中日GM)からの勧めだった。落合氏は動ける専任職員を置くことで選手会の拡充を図ろうとしたようだ。

▽野茂氏のひと言に目覚める

松原氏を目覚めさせたのが野茂英雄氏の「ひと言」だった。1995年、近鉄の任意引退選手のままドジャース入りした野茂氏は日本の球団や仲間の選手から総バッシングを受けた。

そんな経験をした野茂氏が後年、松原氏に「選手会は選手に何をしてくれるのか」と問いかけたそうだ。

「大リーグ選手会は選手のためにさまざまなことをしている」とも聞かされた。日本での待遇改善は球団から与えられ、選手は個々に自らの待遇をよくしていくのが普通だと思っていた松原氏は、野茂氏の言葉に選手会の存在意義をあらためて思い起こさせられたのである。

▽らつ腕だったマービン・ミラー氏

大リーグ選手会が「世界最強の労働組合」と言われるのを聞いたことがあるだろうか。それを実現したのがマービン・ミラー氏だった。すでに故人となっているが、1966年から84年まで、専務理事として次々と選手の権利や待遇改善をやってのけた男だ。

選手会とオーナー側との「労使協約」締結、最低年俸のアップ、養老年金の増額、年俸調停制度の創設、そして一番の大仕事がFA制度の導入だった。

ミラー氏は全米鉄鋼労連の主任エコノミストとして政府などとも交渉する組合活動の専門家。ハーバード大学教授の誘いを断り野球界に飛び込んだ。

このあたりのことは「FAへの死闘 大リーガーたちの権利獲得闘争記」という回想録に詳しいが、連盟や球団の言いなりだった、いわゆる「御用組合」だった選手会を変え、さまざまな権利を勝ち取っていった。

▽年金問題で選手の興味を引く

ミラー氏に対してコミッショナー、オーナー、球団そして選手たちも警戒した。四面楚歌の状態に、最初に取り組んだのが選手が一番関心を持つ「養老年金の増額」だった。

こうして徐々に選手に組合の存在意義や役割を浸透させていった。ミラー氏の最終的な狙いは球界が絶対に譲らない「選手の保留権」つまり選手を終身球団に縛りつける制度に風穴を開けることだった。それはフリーエージェント(FA)制導入で実現させた。

FA制は大リーグから他のプロスポーツ界に広がった。もちろん日本にも。

ミラー氏は言う。「選手が自分の契約が不当に低いと感じたなら、選手は主張し続けることだ。すなわち契約を保留するなり、保留すると圧力をかけることしかない。個人の保留は、たとえディマジオだろうとコウファックスだろうと無視されるが、団体行動なら無視されることはない。ストは時に使用されなければならない武器だ」

▽選手会がビッグビジネスを生む

今日では大リーガーの平均年俸や最低年俸はうなぎ上りになる一方、大リーグ組織(MLB)の総収入は日本のそれを大きく凌駕している。

ミラー氏が登場したころ「このままでは球団経営は行き詰まる」と言っていた経営者たちは対抗上、テレビマネーの大幅獲得など次々と新規事業に乗り出しMLBを結果としてビッグビジネスに育て上げた。

ワールドシリーズを中止に追い込んだ1994~95年の232日に及ぶストライキという最大のピンチを乗り越えて、今日の繁栄をもたらした。

MLB、選手会のあまりのスケールの大きさにあ然とするばかりで、日本プロ野球界との比較、検証は取りあえず棚上げにしておこう。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆