プロ野球のペナントレースは終盤を迎えた。パはソフトバンクに早々と優勝へのマジックナンバーが点灯し興味は3位争い。セは抜け出すチームがなく、まれに見る大混戦になっている。

そうした上位争いの一方で、下位の球団はチーム内の引き締めに躍起となる。

DeNAと中日は中畑監督と谷繁監督の来季の続投を発表して球団の方針を示すことで上位浮上の足掛かりにしようとしている。と思えば、楽天の大久保監督が成績不振の責任を取る形で辞意を表明。大久保監督は「結果が出なければ責任を取らなきゃいけない」と言っているが、その報道を見ながら思い浮かんだのが「監督とは辞任するものではなくクビになるものだ」というメジャーに残る言葉だった。

▽日米の違い

これは「野球は言葉のスポーツ」(中公新書刊)に出てくるもので、ドジャースの監督、ウォルター・オルストンが残したもの。4、50年も前の話だが、日米における考え方の違いがよく出ていると思う。このオルストン監督はメジャー歴代監督在位3位となる23年間、ドジャースを率いた名監督だったが、監督が置かれた厳しい立場がうかがえる。

何しろ、当時のドジャースはオーナーの方針で監督は常に1年契約だったのだから。

もちろん、日本だって複数年契約を結んだ監督がクビを切られることはいくらでもある。今年も2年契約を結んで船出したオリックス・森脇監督が6月に、日本流のクビにあたる休養を命じられたのは記憶に新しい。

ただ、監督が球団をおもんぱかるのか、自ら身を引く辞め方が後を絶たないのに釈然としないものを感じてしまうのである。

▽意識革命のすすめ

ヤクルトや西武を日本一にした広岡達朗氏の口癖は「日本では契約を重視しない」という不満だった。

1978年にヤクルトを日本シリーズ優勝に導きながら翌年限りでクビになった広岡氏は82年から西武の監督になったが、この時、近鉄や阪神からも監督に誘われていた。

阪神に傾いていた広岡氏は直接交渉で「5年契約」を軸としたさまざまな契約条件を出したが、阪神側は「3年ぐらいなら。それに社長が悪いようにはしないと言っている」と回答して決裂した。

西武で日本一2度の、この名将の球団や選手へ投げかけた「意識改革」は球界はもとより、われわれも大いに刺激を受けたものだ。

さすがに、日本でも監督の契約がどんぶり勘定になることはなくなったが、一方で米国のように「契約が全てに優先する」考えに二の足を踏んでいないだろうか。

日本流のよさはあってもいいが、私は契約から生まれる「厳しさ」こそが、激しい戦いの場にふさわしいと思っている。

よく見られるシーズン途中の監督続投の公表など、よほどの事情がない限り多用するべきではないと思う。

▽楽天球団の理念は

大久保監督は1年契約だった。森脇監督は2年契約だった。3、4年契約が主流の中で、両球団とも「契約を忠実に守ろう」として短期間にしたのかもしれないし、先のドジャースではないが、契約年数は球団の方針かもしれないから、とやかく言えない。

楽天は2005年の球団創設以来、5人が監督を務めてきた。野村克也氏と星野仙一氏が各4年務めたが、もし大久保監督が辞任すれば、田尾安志、ブラウン氏に次いで3人がわずか1年だけの監督に終わったことになる。「成績が悪ければクビ」はいいが、これでは自分たちの見る目のなさを含め、球団の理念が見えてこない。

田尾初代監督は38勝97敗1分けの記録的な負け越しだったが、当時の島田亨球団社長は「田尾さんから球団づくりの理念が見えてこない」と解任理由を語った。野村氏は球団初のAクラス(2位)になった09年に辞めている。

▽ごたごただけは勘弁願いたい

なるほど13年に星野仙一監督で球団創設9年目で日本一になったが、今季を含め9シーズンは4位以下と苦戦が続いている。こうも監督を代えていては球団づくりの一貫性、つまり理念に「?」を付けざるを得なくなる。

楽天には今までの球界のしがらみにとらわれない運営を期待してきた。それだけに創設当初に掲げていた「クリーンさ」を前面に出してもらいたい。

勝てる監督はそうはいないものだ。監督選びでごたごただけは勘弁願いたい。球団フロントよしっかりしろ、である。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆