東京のJR原宿駅から徒歩5分。1964年東京五輪の開催に合わせて建設され、現在も多くの競技の主要大会が行われる国立代々木競技場の向かいに、白い外観の古びた建物がある。岸記念体育会館。日本体協や日本オリンピック委員会、アマチュアの競技団体が事務局を置き、「日本スポーツの総本山」と呼ばれていた。昭和の香り漂うそのビルを5月、初めて訪れた。

エントランスホールの壁に掛かる案内板に目を向ける。日本水泳連盟、日本体操協会、日本ソフトボール協会―。五輪や様々な国際大会で日本選手が活躍する度に耳にした名がずらりと並ぶ。文字通り国内スポーツの屋台骨を担う存在であることを実感した。

階段を上がり、各階を見て回った。「想像よりもかなりみすぼらしいな」というのが正直な感想だった。薄暗い廊下には、段ボールがあちこちに積み重ねられている。ほとんどの団体はこぢんまりとしており、常駐している事務局員は数人。マイナー競技になると1、2人の所帯が普通だ。サッカーや野球などプロリーグを持つ一部の競技を除き、台所事情が苦しいとはぼんやりと知っていたが、実際に目の当たりにして見るとその「手弁当」感は予想以上だった。

着任から1カ月足らずの間で気になったのは、そうしたマイナー競技のこれからについてだ。

先日、2020年東京五輪の開催国提案による追加種目応募の取材に関わった。手を挙げたのは26の国際競技連盟。フロアボールやコーフボールなどの知名度の低い競技も「存在を認知してもらうチャンス」と駄目もととばかり挑戦した。「強化費や選手登録が減り、財政は厳しい。五輪に採用されるかどうかは死活問題だ」とこぼす関係者もいた。競技発展のため、五輪に対する大きな期待がひしひしと伝わってきた。

マイナー競技が社会的価値を得るためにはどうすればいいのか―。五輪で実施され、日本人が活躍すれば注目は集まる。選手の活躍を見て新たな挑戦者が出てくるかも知れない。だが、持続的な人気につなげるのは簡単ではないことを岸記念体育会館の風景を見て改めて実感した。追加種目の一次選考で落選した競技団体の関係者らは諦め半分だと繰り返していたが、自分たちの競技への愛情はとても真っ直ぐで、もっともっとたくさんのスポーツの魅力が伝わってほしいと思った。

東京五輪に向け、10月にスポーツ庁が発足する。これまで競技スポーツや学校体育に偏りがちだった政策は、地域でのスポーツの在り方や障害者スポーツの普及など、より裾野レベルでの環境改善にも目を向け始めている。日本でスポーツの価値が見直されていく時が来ている。国レベルでスポーツの重要性が見直されている時代の変わり目をこれからしっかりと追いかけ、一つでも多くの楽しさを一人でも多くに届けていきたい。

村形勘樹(むらかた・かんじゅ)1983年生まれ。山形県出身。全国紙の広島勤務で警察や裁判所を3年担当。2012年に共同通信に入社し、札幌支社を経て15年5月に運動部へ。現在は重量挙げやセーリングなどのアマチュア競技を担当している。