やること成すことが、笑ってしまうほどハマってしまう。自分は予言者かと思うほど、すべての物事が思い通りに運ぶ。そんな1日が人生で一度ぐらいはあるものだ。

5日に行われたサッカー女子W杯カナダ大会の決勝戦。日本代表「なでしこジャパン」との一戦に臨んだ米国は、まさにそんな1日を過ごしたのではないだろうか。試合開始から16分間で4得点。誰がこのような試合展開を予想しただろうか。

スポーツの世界では実力がさほど変わらないにもかかわらず、思わぬ大差がついてしまうことがある。それは、うまく機をとらえた者とそうでない者とのわずかな運の差が引き起こしている。決戦の地・バンクーバーで、米国は目の前にあった幸運を取りこぼすことなく全て拾い続けたのに対して、日本は運に見放され続けたといっていいだろう。

なでしこより米国のほうが実力は一枚上。決勝を前にそう報じられていたが、世界王者を決める独特の雰囲気のなかでの一発勝負はどうなるか分からないと思っていた。ところが、試合は開始直後から一方的に動いた。

前半3分、日本守備陣が予想もしていなかったグラウンダーの右CK。ラピノーのボールを左足アウトサイドで合わせたロイドのシュートは見事ではあった。ただ、ぽっかりと空いたゴール前のスペースまで、ボールがよく抜けてきたなというのが正直な感想だった。ちょっとでもコースが変わっていたなら、ロイドはシュートさえ難しかっただろう。日本にとっては不運な場面だった。

そのわずか2分後。日本の左サイドをドリブルで上がってきたヒースに対するタックルがファウルと判定されたのも、日本にとっては不運だった。映像を見返すと接触はない。判定ミスだ。しかし、運のない時にはこれが失点につながってしまう。FKからのこぼれ球は再び“持っている"ロイドの前にこぼれ、2点目を押し込まれた。さらに同14分、同16分と連続失点。日本は序盤にして絶望的とも言える4点を失った。

誰が悪いというわけではない。サッカーには90分を通して、細かいミスが常につきまとう。それをチャンスに変え、ことごとく決め切った米国がすごかったのだ。同じ場面を再現して、すべて決めてみろといわれても無理だろう。その意味では神がかっていた。一方、日本は完全にツキに見放された。

サッカーでの、しかも序盤での4点差。普通なら「終わった」と断言できる。だが、なでしこのすごさは、大差を背負ってもなお、終了のホイッスルが鳴るまで試合を投げず戦う粘り強さだ。事実、これまでにも数々のドラマを生み出してきた、大和なでしこたちに宿る「諦めない心」。愚直なまでに仲間を信じ、自分を信じられる心の耐久力。メンタル・マネジメントの巧みさにかけては、彼女たちは間違いなく世界遺産級といってもいい。

大量点に守られ、楽勝と思っていた米国の選手たち。そんな彼女らでも、なでしこに恐怖心を抱いた時間帯があった。前半27分に見事なターンから「これぞストライカー」という左足シュートを決めた大儀見優季のゴールで日本の反撃がスタート。後半7分には途中出場の澤穂希をターゲットにした宮間あやのFKがオウンゴールを誘った。2点差に縮められたことで動揺が生じたのは間違いない。

なぜなら、米国は決勝までの6試合でわずか1失点と堅守を誇っていた。それが2度もゴールを破られたとなれば、心穏やかでいられるはずもない。しかも、4年前のドイツ大会では常に先行しながらも追いつかれた揚げ句、PK戦の末に敗れるという苦い経験もしている。日本の粘り強さは身にしみて分かっている。だからこそ、直後の同9分にヒースが決めた5点目が勝敗の分かれ目だった。米国はこの1点で冷静さを取り戻し、日本は逆に追撃の勢いをそがれる形となった。

決勝戦の記憶というのは、歳月がたてば忘れ去られる。世界的に見れば、残るのは2―5で日本が米国の敗れたという事実だけだ。ただわれわれ日本人にとっては、なでしこは常に強烈な印象を残してくれる。

約1年前、同じような試合をブラジルで目にした。男子のW杯準決勝。ドイツと対戦した開催国ブラジルは、前半11分に先制点を失うと、同23分から29分までの6分間で連続4失点を喫した。最終スコアは1―7の屈辱的な大敗。後半ロスタイムに1点を返したとはいえ、ブラジルは試合を早々と諦めていた。戦う意欲を失ったカナリアのプレーに王国のプライドは感じられなかった。

一方でわれわれのなでしこは敗れてなお、すがすがしい。その姿は人々に感動を呼ぶ。そう、彼女らは間違いなく日本人の誇りだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。