8月6日に開幕する高校野球の甲子園大会で、間違いなく注目を集めるのは早実(西東京代表)の清宮幸太☆(郎の旧字体)一塁手だろう。184センチ、97キロという図抜けた体格は目立つし、そのパワーは確かにすごい。

高校野球は創設100周年を迎えた。早実は第1回全国大会にも出場した野球名門校。清宮が1年生ながらそこで3番を打つ主力選手となれば、活躍次第では斎藤佑樹(現日本ハム)以来の“早実フィーバー"が再現するかもしれない。

さらに3年間で早実の先輩、王貞治氏や清原和博氏(大阪・PL学園高)松井秀喜氏(石川・星稜高)に代表される超高校球児の仲間入りができるかどうか。今夏はその第一歩となる。

▽父親はラグビーの名監督

清宮が注目されたのは早実中1年の2012年、米国で開催されたリトルリーグ世界選手権。5試合で3本塁打したが、その1本がとてつもない飛距離で地元でも「モンスター・ホームラン」と騒がれたそうだ。

父親の克幸氏は早大ラグビー部で活躍。監督としても手腕を発揮し、今年のラグビー日本選手権でヤマハ発動機を初優勝に導いた。

清宮本人は野球かラグビーか、選択に迷ったようだが、06年に甲子園で見た斎藤と田中将大の決勝再試合で進路を決めたそうだ。

母親もゴルフ選手だったという「スポーツ一家」に育ったことも注目度が跳ね上がっている理由でもあろう。

克幸氏は息子に「世界を目指せ」と英才教育を施していると聞く。一流の指導者の教えが、小さいころから注目されてきた清宮がさまざまな重圧に勝ってきた要因かもしれない。

▽日大三高戦の決勝2点打

清宮が甲子園に出場できたのは東海大菅生との決勝で大逆転したこともそうだし、西東京で大本命と見られた日大三高を準決勝で破ったことが大きかった。

清宮は両試合で活躍したが、中でも日大三高戦は三回に右中間フェンスを直撃する2点二塁打を放ち2―0で勝った。

当たれば飛ぶ。ネット裏で見ていて感じたことで、そこに清宮の魅力の全てがある。もちろん、変化球への対応はまだまだで、甲子園の本番ではそこを投手は突いてくるし、緩急を付けた投球をどうこなしていくか。

早実・和泉監督は「振ってはいけない球に手を出さず、打てる球を待てるところに成長がある」と評価したが、嫌な球をファウルできるかどうかだろう。

▽清原タイプ?

いわゆるスポーツ紙にとっては、願ってもないスター選手が出現したことになる。ただ、加熱する一方の報道には関係者も頭を悩ませているに違いない。

中でも、和泉監督は大変だ。一人前に育てて当たり前。育たなければ責任問題にもなりかねない。特に、早実という名門野球部ではOBをはじめとした多くの声と“闘う"ことになる。

今年の早実は投手力が弱く苦戦が予想されているだけに、斎藤佑樹で全国制覇した和泉監督にとっても相当なプレッシャーだろう。

清宮について言えば「全てはこれから」というひと言に尽きる。

非凡なものを感じさせ将来の可能性も高い。今夏の西東京大会では本塁打0ながら打率は5割を超えていたが、厳しい球を打ったという印象はない。

清原や松井のような鋭い打撃にはほど遠い。プロ野球あるいはメジャーなど将来を見据えたとき、どこまで技術を磨き込んでいけるかにかかってくる。それこそ血を吐くような練習に、今時の若者が耐えられるかどうか。厳しいようだが、そうしないと一流打者になれないだろう。

▽心配な97キロの体重

清宮は清原氏と同じで、どちらかというと「鈍」。決して「鋭」ではない。敏捷性でいえば、プロ野球などで通用するのは7割以上のクイックネスを求められるのだが、清宮はその数字にとても届かない。

やはり気になるのは97キロの体重である。田淵幸一氏は法大時代はスリムだったし、清原氏もプロ入り当時は締まった体だった。

リトルリーグ時代に米国で「和製ベーブ・ルース」と例えられたそうだが、この体重をどう克服していくか、注目したい。

私の高校野球部の2年下に清宮君がいた。克幸氏のおじで、大阪がルーツとなる幸太☆(郎の旧字体)選手の祖父母の兄弟に当たる。

後輩の清宮君は175センチ以上でずんぐりした体型。当時としては大きな体で、終戦直後生まれも徐々に体が大きくなってきた、という印象を持ったのが清宮君だった。

グラウンドでの清宮を見て、あらためて「隔世の感」という言葉が頭に浮かんだ。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆