米大リーグから復帰し、9年ぶりの日本球界となる松坂大輔が5月20日、オープン戦後初めて登板した。1軍ではなく2軍戦で、オリックスを相手に2回2安打1失点。右肩の調子が上がらないためにこれ以降の実戦登板はなく、1軍出場の見通しは立っていない。「平成の怪物」と呼ばれた右腕の投球が見られないのは、ファン同様、非常に残念だ。

今季ソフトバンクに加入した松坂の動向を本人のコメントとともに振り返ってみると、一歩進んで二歩下がるような前進と後退、置かれた苦境がありありと浮かび上がる。

3月4日 オープン戦初登板。3回無失点。「実戦、ブルペンで投げていくことで自然と状態は上がっていく」

同10日 オープン戦。雪がちらつく寒さの影響で3回2失点。「何もできなかった」

同17日 オープン戦最終登板で6回3失点。「数多く打者と対戦して情報を得られた」

同18日 インフルエンザと診断される。

同23日 球団施設で練習を再開。「一からつくり直さないといけない」

4月2日 右肩筋肉疲労が判明し、ノースロー調整決定。「投げた後に感じる疲労がいつもより長引いている感じ」

5月5日 ブルペン投球再開。「なるべく早く戻りたいが、やらないといけないことがたくさん」

同20日 2軍戦で登板。「普通に投げられたのでひと安心」

同24日 2軍戦の登板を直前回避。「ブルペンでも状態が上がらなかった」

現在は1軍本拠地のヤフオクドームを対岸に見据える福岡市東区の西戸崎合宿所を拠点に、福岡県外の医療機関にも通いながらの調整が続いている。調整の段階を考えれば、前半戦に1軍戦で投げることは非常に困難な状況だ。

2月のキャンプ中、松坂はフォーム修正や米国より軟らかい日本のマウンドへの対応にいそしんでいた。元大リーガーでソフトバンクの吉井理人投手コーチは「自分の国に戻ると安心感がある。思っているよりも集中してやらないといけない」と言っていたが、現状では「日米の違いに苦慮する」といったこととは次元の違うところでの戦いを強いられている。

27歳の私にとっては、松坂と言えば神奈川・横浜高や西武のユニホームを着ての躍動が強く印象に残っているし、同じようにかつてのヒーロー然とした姿を想起するファンは多いだろう。冒頭の試合会場となった高知市営球場には、前日の試合のおよそ倍となる約1786人の観客が集まり、試合中に観客席前のブルペンで松坂が投げ始めれば、鈴なりのファンが間近で見ようと三塁側内野席に詰めかけた。インプレー中にボールの行方を見ないで大勢が移動するほどのフィーバーぶりで、それだけ松坂への注目度は高い。

斉藤学リハビリ担当コーチは、5月24日の登板回避を受け「多少焦ったというところもあると思う。何回も同じことを繰り返したくないと本人は言っている」と話した。ソフトバンクの先発陣は、大隣、武田、中田、寺原、スタンリッジや新外国人のバンデンハークとある程度駒はそろっている。2軍には岩崎や東浜、千賀、帆足らも控え、今すぐにでも松坂に投げてもらわないと参ってしまう状況ではない。3年総額12億円(金額は推定)とされる大型契約、ファンの目やメディアの注目度、日米通算164勝の実績、そして本人の自負…。「みなさんの期待も感じるし、それに応える自信もある」とは、ソフトバンク入団が決まった際の松坂の言葉である。「少しでも早く」という気持ちを持ってもなんら不自然なことではないが、私としては言い訳のできない状態でマウンドに上がる姿を見届けたい。

大沢祥平(おおさわ・しょうへい)1988年生まれ。埼玉県出身。2011年入社。福井支局を経て13年から福岡運動部へ。相撲、アマ野球などを担当し、14年はJ1鳥栖やソフトバンクを担当。