もちろん、実力を備えているというのが大前提だ。その上で、スターダムをのし上がっていく選手というのは、節目、節目で人々の記憶に残ることをやってのけることが多い。いわゆる「持っている」というやつだ。

昨年、日本サッカー界に彗星のように出現したFC東京の武藤嘉紀。彼もまたそういう強運に恵まれている選手なのかもしれない。

先月30日にホームで行ったJ1第1ステージ第14節・柏戦の終了後、FC東京は武藤のドイツ1部マインツへの移籍を正式発表した。自身の新たな挑戦をアナウンスする節目の試合で、武藤は決勝点を含む全2得点に絡む活躍を見せた。本人は意識していなのだろうが、自らドラマを演出してしまう能力。強い印象を観客に与えるというのも、プロとしては不可欠な要素なのかもしれない。

第11節から3連敗中。加えて連敗中はわずか1ゴールのチームで、22歳にしてエースの座を託された武藤の心中は複雑だっただろう。先発メンバーで今季得点を挙げているのは3人だけという、極端に偏ったFC東京の得点パターン。しかも森重真人、太田宏介の2人はDFの選手だ。武藤とすれば、自分が得点しなければ勝てないという危機感は少なからず抱いていただろう。

注目が集まれば集まるほど、厳しくなる自身へのマーク。それでも数少ないチャンスを得点に結びつけるのがエースだ。武藤はそれにふさわしい活躍を見せた。前半32分、東慶悟のスルーパスに抜け出した武藤がGK菅野孝憲をおびき出してフリーの林容平にラストパス。林のシュートはDFに防がれたが、そのこぼれ球を三田啓貴がプッシュ。FC東京が前半を1―0でリードして終わった。

後半、一度は追いつかれたチームに再び、勢いをもたらしたのは、またも武藤。トリッキーなドリブル突破で柏DF輪湖直樹のファウルを誘い、PKを獲得。自らがボールをペナルティースポットにセットしたのだ。

プレーが再開したのは、PK獲得から2分以上の間があいた後半23分。小笠原沖で起きた地震でゲームが一時ストップしたためだ。待たされたことで「緊張が増した」という振り返った言葉とは裏腹にキックは大胆そのもの。ゴールのど真ん中に蹴られた渾身の弾丸シュートは、GK菅野の左手をはじき飛ばしてネットを揺らした。

「自分もゴールを決められれば最高の形で(移籍を)発表できる」

結果的に定めた目標を軽くこなしてしまうように見えるが、恐らくはかなり思慮深い人間なのだろう。それは今季のイングランド・プレミアリーグで優勝を飾った強豪チェルシーではなく、ブンデスリーガで11位だった中堅のマインツを新天地に選んだことからも分かる。状況を冷静に見られるのだ。

「最初から高望みして自分の実力に合わないチームより、現実的なチームを選んだ」と語っていたが、そこには恐らくさまざまな葛藤があったことだろう。フットボーラーなら誰しもが、チェルシーのようなビッグクラブでプレーしてみたいのだから。

ただ、英国で労働許可を得るには過去2年間の国際Aマッチで75パーセント以上の出場が求められるなど制限が多い。武藤はこの条件を満たしていない。才能ある若手に対する特例はあるみたいだが、もし労働許可を得られたとしても、エデン・アザールやオスカルなど各国のエース級を並べるアタッカー陣の一角に食い込むのは至難の業だ。チェルシーに加わったとしても他クラブにレンタルされる可能性は高い。チェルシーのオファーは、ビッグクラブが得意とする先物買い。同じ例はG大阪の宇佐美貴史だ。2011―12年シーズンにドイツの名門バイエルンに所属したが、公式戦の出場はわずか5。外国人枠のないブンデスリーガでさえ名門クラブとなるとこれなのだから、チェルシーへの移籍はあまりにも危険な賭けだった。

マインツを選択した決め手は「監督が自分を必要としてくれたから」だったという。交代枠が3人のサッカーは、監督との関係が重要だ。監督に必要とされ、試合に出場することで初めてステップアップできる。来シーズンの進路は不確定だが、マインツでエースとして活躍する岡崎慎司の存在も大きい。日本人の実力を知っているチームメートは、武藤を初めから戦力として認めてくれるだろう。

ハードワークができ、独力でゴールを挙げられる。武藤は欧州で活躍する日本人アタッカーのなかでも、これまでにないタイプだ。その将来性豊かな若者が、厳しい本場の舞台でもまれ、どこまで成長するのか。

「世界で名の知れたプレーヤーになりたい」。穏やかな口調とは裏腹に、そんなすごいことをさらりと口にできる武藤ならば、その目標をかなえてしまうかもしれない。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。