第83回ル・マン24時間が終了した。総合優勝は17年ぶりで、史上最多となる17度目の勝利を挙げたポルシェの19号車(ニック・タンディ、アール・バンバー、ニコ・ヒュルケンベルク)。2位には同じポルシェの17号車(ティモ・ベルンハルト、ブレンドン・ハートレー、マーク・ウェバー )、3位にはアウディの7号車(マルセル・フェスラー、アンドレ・ロッテラー、ブノワ・トレルイエ)が入った。アウディは6連覇を掛けて戦っていたが、それをねじ伏せたのは同じドイツの自動車メーカーのポルシェだった。

日本勢は、昨季の世界耐久選手権(WEC)王者で悲願のルマン制覇を狙ったトヨタが6位(2号車)と8位(1号車)に入ったのが最高となった。WEC第2戦のスパフランコルシャンサーキットでクラッシュし、頚椎(けいつい)骨折で復帰が心配された中嶋一貴は元気な姿を見せて、以前と同様のチームを引っ張る力強い走りを見せた。

1999年以来のワークス参戦となった日産は、2台がリタイア(21号車、23号車)、22号車は24時間を走りきったが、同じカテゴリーの優勝マシンから70%以上の走行距離を走っていなければならない、というルールに引っかかり、未完走扱いとなった。日産は予選でもトップの110%以内のタイムを出すことができず最後尾スタートと、厳しい戦いを強いられた。

今年は「耐久の帝王」であるポルシェが圧勝したル・マン24時間だった。トップの19号車はノートラブルで24時間を走りきり、無駄なピットインは一度もなかった。実際、24時間を走行してピットイン回数は30回、一度のピットストップは平均でおよそ1分。ピットストップ時間をすべて加算しても34分程度と、そのレース運びはまさに余裕たっぷり。横綱相撲を見ているようだった。

人気のポルシェは前評判が高く、戦前の予想でも優勝が有力視されていたこともあって、入場者数は過去最高の26万3500人を記録した。この週末、実際にサーキット内をいろいろと歩いてみたところ、本当にどこを歩いても人混みがあり、深夜0時を過ぎてもなお多くの人がサーキット内を移動している姿は、日本の大みそかや1日夜の初詣の混雑ぶりとオーバーラップして見えた。

日本勢はドイツ勢にコテンパンに負けてしまったが、逆にこれで奮い立った部分もあるはず。すでにトヨタのスタッフは「来年に向けて準備しています」と負けん気を見せていた。そう、レースの世界では、負けっぱなしのままではいられない。日本勢の逆襲に期待だ。(モータージャーナリスト・田口浩次)