男冥利に尽きるマウンドに違いなかったが、ほっとしたという心境ではなかったかと思う。

広島に復帰した黒田が3月29日のヤクルトとの開幕シリーズ第3戦で、日本で8年ぶりの登板。メジャー帰りの凱旋登板で無様な投球はできない、そして優勝への期待を膨らませるファンを失望させたくないというプレッシャーの中、接戦展開の7回を無失点で投げ日本通算104勝目をマークした。

▽24年ぶりVへ盛り上がる地元

黒田先発に3万1540人と3戦目で一番の大入りとなり球場は、カープカラーの赤に染まった。

黒田が「球場が真っ赤になった中で投げる経験がなかなかなかった」と話した通り、広島では入団した年の1997年の3位以外はいずれもBクラスの成績で、初めて味わう“異様な雰囲気"だったようだ。

2年連続3位でクライマックスシリーズに出場。今年のオフにはエース前田のメジャー行きが確実視され、大瀬良、野村、福井などの先発投手陣が整った上に黒田が加わった今年こそ、24年ぶりの優勝のチャンスだと、ほとんどのファンは思っている。なるほど、巨人に一時の強さが見られず、下位の横浜DeNAやヤクルトの底上げで混戦が予想されるだけにうなずける。

もちろん、緒方新監督の手腕、抑え投手陣の整備、打線の得点力など課題も多いが、黒田の加入が「大きな力」になる可能性はある。40年前の初優勝時の「赤ヘル旋風」の再来とファンの強力な盛り上がりである。

▽元祖“カープ女子"

昨年のプロ野球はセ、パ両リーグで約2280万人の観客動員があった。セの中で前年比約21%増とダントツの伸びを見せたのが広島で、年間約190万人と球団史上最多の動員数を記録した。

「カープ女子」という流行語まで生んだほど、女性ファンを掘り起こした球団の観客動員戦略が成功した。企業をバックに持たない唯一の球団だけに草創期から苦労は絶えないのだが、逆にファンは熱狂的になる。

広島が高校野球人気で昔から女性も野球への関心は高かった「野球どころ」であることも背景にある。

私などの年代だと「広島カープを優勝させる会」が頭に浮かぶ。

今からちょうど50年前になるが、この地方の弱小球団を応援しようと一人の女性が立ち上がった。雑誌の編集者だった佐々木久子さん(故人)が広島出身者や広島に縁のある著名人の声をかけ会を結成。作家の梶山季之さん、作曲家石本美由起さん、女優の杉村春子さん、バレリーナの森下洋子さんなどが名を連ね、10年後に古葉監督で念願の優勝を果たした。

1950年の球団創設以来、優勝どころではなく、経営面で常に存続が危ぶまれていたカープを応援しようとしたこうした人々にとって、原爆で焦土と化した街に生まれたプロ野球チームは広島のシンボルそのものだったと思う。

▽黒田の決断

黒田に話を戻す。ドジャース、ヤンキースでの7年間で79勝を挙げ、昨年まで5年連続2桁勝利をマークし、そのままメジャーに残れば年俸15億円は稼げたと言われていた。

「日本に帰るとすれば最後の機会になると思っていた。悩んだが、カープファンの気持ちが大きかった」と、黒田は日本球界復帰に際し語った。

2007年オフ、FAでメジャー行きを決めたときもファンの前で将来の広島復帰を公言していたのだが、ぼろぼろになっての復帰ではかえってファンを裏切ることになる。戦力になれる間に古巣に帰らなければ意味はない。皮肉なことに、メジャー各球団の誘いが決断を後押ししたとも言える。

選手にとって引退の決断は人それぞれだが、大きな悩みに違いない。

黒田が昨年のシーズン前、引退した松井秀喜氏とテレビで対談したとき、何度も聞いていたのが「引き際の決断をいつしたか」だったことでも分かる。「最後は広島のマウンドで終わろう」。1年をかけて出した結論だったと思う。

かつては速球派だった黒田が8年ぶりの日本のマウンドで見せた投球スタイルは、速球と変化球の絶妙なバランスの上に成り立っていた。

メジャーにごろごろいる豪速球派と対極を成す「好投手」の姿を見る思いである。いい手本が帰ってきた。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆