東京に出てきて三十数年。初めて元日に天皇杯決勝がない正月を過ごした。人並みにゆっくりとした寝正月でも楽しもうかと思っていたところ、インフルエンザにかかってしまい、はからずも強制的寝正月になってしまった。

この冬はインフルエンザが猛威を振るっているらしい。アジアカップの日本代表のなかでも柴崎岳が罹患してしまい、2日に出発した本隊に4日遅れてオーストラリアに旅立ったという。

可哀想なのは全国高校選手権の本大会出場にこぎ着けながらも、インフルエンザのために試合に出場できなかった選手たちだ。テレビを見ているとベストメンバーを組めないで試合に臨んだチームが例年以上に多かったように思う。これだけは注意していても避けられないアクシデントなのだが、若者たちの選手権出場に懸けてきた思いと、努力の量を考えれば、気の毒でたまらない。

その全国高校選手権だが、一時レベルが落ちたなと個人的に感じる時期があったが、ここにきてまた盛り返してきた感じがする。Jリーグ発足当初、優秀な人材がJクラブの下部組織に流れ、高校に人材が集まらないという時期があったからだ。特にクラブが密集する首都圏は顕著だったような気がする。

しかし、育成年代の指導者の意識が変わり、それまでは自生する数少ない「才能」を奪いあっていた状況から、「才能」を育てるようになった。優れた技量を持つ選手が増えれば、必然的に全体的な底上げになる。高校サッカーのレベルが復活したのは、そこに要因があるのではないだろうか。

Jクラブのユースチームには昇格できなかったが、ジュニアユースでプレーしていた。このところの高校選手権を見ていると、そういう選手が結構いる。中学校年代までに個人として必要なボール技術をはじめとしたスキルを身につけ、戦うことを要求される高校サッカーで育っていく。このような成長の仕方のほうがサッカー選手としては、心身のバランスがいいのかもしれないと思うようになってきた。

Jクラブの下部組織でユースまで昇格するのはエリートだ。ただ、メンバーのほとんどをユース出身の選手で固めた年代別日本代表は、昨年、ことごとくアジアの予選を突破できなかった。敗因は誰が見ても明らかだった。戦わなかったからだ。

Jユースと高校チーム、どちらが戦えるかといわれたら間違いなく高校チームのほうが戦えるだろう。それは一部の強豪校が参加している高円宮杯U―18プレミアリーグやプリンスリーグを除けば、高校サッカーの大会方式が基本的にはトーナメント方式で行われることに関係しているだろう。

負ければ終わり。その大会方式が育成年代において必ずしもよいとは思わないが、少なくとも勝利に対する執着心は強くなる。選手は負けられないと思えば、局面のプレーひとつを取っても競り合いが厳しくなるし、ゴールを狙う、ゴールを守るという感覚がより研ぎ澄まされてくる。多少無骨でも戦う気持ちの伝わってくる試合は、いくら小手先の技術がうまくても心の腰が引けた試合よりはるかに人を感動させる。サッカーは戦うスポーツなのだ。

昨年、日本のスポーツ界は暴力事件など多く問題が噴出した。その多くは非科学的な根性論が元凶となっていた感じがある。そして高校のサッカー部が必ずしも科学的根拠だけに基づいて指導されているとは限らないのも事実だ。ただ、ときに不条理とも思える、常識から逸脱した練習が、必ずしもすべて悪いとは断言できない。地獄のような練習をすることで有名だった九州の高校出身の元日本代表選手が、このように言っていたことがある。

「高校時代に比べれば、プロになっても間違いなくすべての練習が楽と感じられた。また試合で負ければ余計に走らされるので、絶対に負けないという強い気持ちも自然に身についていた。その意味で高校時代の練習があったからこそ、いまの自分がいる」

日本代表に占める高校サッカー出身選手の割合。年代別のアンダーカテゴリーでは、ほぼいないのに対し、今回のアジアカップのA代表を見ると登録23人中17人がこれに当たる。断言はできないがこの数字は、高校サッカー出身者のほうがトーナメントに近い真剣勝負で実力を発揮できることを意味しているのではないだろうか。

1月5日に行われた神奈川の日大藤沢と静岡学園の準決勝。以前の高校年代ではフィジカルが相手の技術を完全に抑え込む場面が多かったが、そのプレッシャーを高い技術で乗り越える両チームの選手の技量に素直に脱帽した。加えて、かつては日本サッカーのメーンキャストであった高校サッカーが、再び活気を取り戻してきたことに嬉しさを感じる年の始めとなった。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。