昨年は日本にプロ野球が誕生して80年だった。年末はNHKなどがテレビで「プロ野球80周年特集」を組んでいて懐かしく見た。

こうした一連の番組の中心にいたのは紛れもなく巨人であり、長嶋や王だった。それを取り巻くように、西鉄や阪急の3連覇があり、赤ヘル広島の初優勝や「江夏の21球」、西武の黄金時代、野村・ヤクルトの活躍などがあった。

この他にもさまざまな出来事を映し出していたが、どれを見ても巨人の9年連続日本一(V9)に吸収されてしまうもので、それがそのまま日本プロ野球の歴史でもあった。

一方でこうも思った。80年というのは特別な区切りではないが、多様化する日本のスポーツ界を見渡した時、80周年が今後のプロ野球がどう進んで行くかの一里塚だと教えてくれているように思える。

V9巨人を頂点とした過去に一区切り付けることで、日本球界が巨人頼みから脱皮して新時代に踏み出しているのだと、各番組が言っていると思った。

▽ドラフト制導入

80年を振り返る時、私は二つの大きな出来事を挙げたい。「ドラフト制導入」と「球界再編騒動」である。

巨人はV9を境に「わが世の春」を謳歌できなくなった。V9がスタートした1965年11月に第1回が開かれた新人選択会議、つまりドラフト制度により有力選手が分散したからだ。

新人選手の契約金高騰を理由にパ・リーグがアメリカンフットボールの米NFLの制度導入を実現させたのである。

1975年の広島の初優勝はドラフト制の恩恵に浴した象徴だと言われた。「太陽が西から昇ることはあってもカープが優勝することは絶対ない」などと言われた地方の弱小球団が、ドラフトで獲得した山本浩二らの活躍で勝ち、古葉監督の下で強いチームを作ることができたのである。

ドラフトをめぐっては、この制度に反対する巨人を軸に、さまざまな争いが繰り広げられているわけだが、今ではほとんどの選手が指名球団にすんなり入団している。

FA制度による戦力補強に重点が置かれるようになったことも一因だろう。だとすれば、成績の下位球団から指名する完全ウエーバー制で戦力の均衡化をさらに目指しながら、同時にファーム組織の充実で球団独自の選手を育成したらいいと思う。

▽新規参入球団で変わる球界勢力図

2年前の楽天の優勝が象徴的だが、2004年の「球界再編騒動」から10年が経ち、球界勢力図に変化が見られる。

特にパの全球団は経営母体が変わったことで、球界のしがらみにとらわれない新しい経営者が参入して来た。主導権争いでも、巨人一辺倒ではなくなるだろう。

昨年の観客動員数を見てもセがパを1試合平均で5000人以上も上回っており、人気面ではまだ差がある。

ただ、ソフトバンクは潤沢な資金を背景に独自の戦力補強を続けており、オリックスはメジャー帰りの中島を獲得し、エース金子を残留させるなど19年ぶりの優勝を意識している。

日本ハム、楽天も確たる地元人気に支えられており、首都圏の西武やロッテの踏ん張り次第ではさらに差は少なくなる。

アマ球界を含めた「侍ジャパン事業」に乗り出した日本球界は、球団単位の「チームビジネス」対12球団を運命共同体とする「リーグビジネス」の論争は避けられないだろう。

▽鉄は熱いうちに打て

昨年は両リーグで約2300万人の観客を集めた。高い数字である。プロ野球は改革に乗り出す絶好の機会を得ているのだ。

一例を挙げるなら、プロ野球はなぜ支配下選手を増やそうとしないのか。70人枠にプラスして育成選手枠を設けてお茶をにごしているが、投手不足から2軍戦が満足に組めないという長年の現場の声に応えようとしていない。

四国や北信越の独立リーグに目を向ける前に、独自のファーム組織をつくるべきである。すそ野を広げることは結果としてプロ野球を面白くすることにつながる。

自民党が掲げる地方再生で「プロ野球は16球団に」などと言われる前に、自分たちでエクスパンション(拡大)ぐらいは検討したらいい。

2020年の東京五輪での野球・ソフトボールの復帰は十分可能性があるだろうが、問題はその先である。日本の野球界が国際化を含め、どんなグランドデザインを描けるのか。今こそ、熊崎プロ野球コミッショナーの声が聞きたい。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆