1年というスパンのなかで考えれば、たったの一日のことだ。それでも長年の習慣というのはおかしなものだ。元日に国立競技場で行われるはずのものが12月に違う場所でとなると、なにか精神的に落ち着きが悪い。元日の天皇杯の決勝戦は、サッカーを中心に生活を送っている人にとっての特別な区切りであったことをあらためて思い知らされた。

12月13日に横浜で行われた本年度の天皇杯決勝。開催日も会場も例年とは違うので、観客の入りが心配された。しかし、ふたを開けてみると4万7000人を超えた。対戦した両チームが首都圏のチームでないことを考えれば、満足のいくものだろう。

ガンバ大阪とモンテディオ山形。J1とJ2のチームの対戦ということで、本来ならば興味が薄れがちになりそうなカード。それがここまで盛り上がったのは、ともにシーズン終盤の主役同士の対戦だったからだろう。特にJ2で6位の山形は、J1昇格プレーオフで目覚ましい躍進を見せ昇格を勝ち取った。その奇跡的な戦いぶりは、日本サッカー協会がどんな素晴らしい広告を打っても太刀打ちのできない効果をもたらしたのではないだろうか。

持ち味である山形の素早いプレスから始まった試合は、早い段階で動いた。前半4分にガンバGK東口順昭のロングキックから、パトリックの高さと宇佐美貴史の技術を生かしたゴール。直後に山形もロメロ・フランクが同点機を迎えたが、東口の好守で防ぐと22分には再びガンバが加点。パトリックの2点目が決まった時点で、試合は大味なものになるのではと思われた。選手個々の技量を比べればガンバに分があったからだ。

ただ、戦うことにかけては、は石崎信弘監督に率いられた山形はJリーグでも屈指だ。そして、日本サッカーに欠けている戦うことを恐れない山形のサッカーが、試合を白熱したものとした。後半17分、左サイドの石川竜也の折り返しをロメロ・フランクが1点を返した後は、完全に山形のペースになった。

サッカーというのは、必ず流れというものがある。劣勢だったチームにも、主導権が渡る時間帯がある。おもしろかったのは、山形に傾いた流れの、ガンバ・長谷川健太監督の受け取り方だった。記者会見で「あのときは打ち合えばいいや」と思ったと語っていた。打ち合いを容認する監督には、あまりお目にかかったことがない。

監督というのは、人によっては理詰め、理詰めで、どんな取るに足りないことに対しても神経質なほど対処を施す人もいる。逆に局面だけにとらわれず、流れを通しての大局に目を向ける人もいる。この日の長谷川監督は後者だった。

確かに、そこにはすでにJ1とヤマザキナビスコ・カップの2冠を達成したという心の余裕もあったのだろう。それでも「まだベンチには佐藤(晃大)、リンスという攻撃の駒がいましたからね」と平然といえたのは、ほんの数週間前まで監督として無冠だった指揮官の、二つのタイトルを取ったことによる許容量の変化が関係しているのだろう。考えるとこの試合を見た人は、長谷川健太という指導者が一皮むけた瞬間に立ち会ったのかもしれない。

結果はガンバが3―1の勝利。スポーツの勝敗には、実力に加えて「運」「不運」というのが関係してくるが、この日に限っては運がなかったのは山形だった。後半40分に決定的な3点目を許した場面。その数分前から山形は1人少ない状況で戦っていた。右サイドでハードワークを続けた山田拓巳が足にけいれんを起こしピッチの外へ。すでに交代枠の3人を使い切ってきたために10人での戦いを強いられていたのだ。

不運といえば3失点目のシュートの軌道もそうだった。ペナルティーエリア外、約25メートルの位置から放った宇佐美のコースに対し、GK山岸範宏は的確なポジショニングをとっていた。ただシュートがカバーに入ったDF當間建文の足に当たり頭上を越えたのではノーチャンスだ。シーズン終盤に神がかったプレーを連発した山岸も、たまには運に見放される日もあるということか。

一方、チャンスを確実に得点に結びつけてしまうガンバはさすがだ。3点目も山形に攻め込まれた後の自信を持ったボールのつなぎから。さらに出色は宇佐美だ。ロングレンジから迷いなく撃ち抜けるシュート力。さらに先制点を生んだ個人技と、22歳の若者がこの試合で見せたポテンシャルの高さは、今後どのレベルまで進化するのかという大きな期待と楽しみを抱かせた。

激闘が終わってみれば、ガンバが2000年度の鹿島アントラーズに次ぐ2チーム目の3冠を達成。J2から昇格したばかりのチームにタイトルを独占される日本のサッカーは「なんなんだ」ということになる。ただ、一番安定したサッカーをやったのがガンバであることも疑いのない2014年だった。

年末年始にかけて女子や高校選手権は残っている。ただ個人的にはシーズンの区切りがついた。例年ならば常識からは的外れな1月1日の夕方にサッカー関係者の間で交わされる「よいお年を」のあいさつ。それが12月半ばに交わされた。とても妙な感じだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。