初めて目にするものなのに、どこか懐かしくも息苦しさを感じる既視感。古くからのサッカーファンなら、ゴールの瞬間を目にしたとき、21年前の10月28日の光景を思い浮かべたのではないだろうか。

後半ロスタイムの右CK。ニアサイドからヘディングでゴール左隅に送り込まれるボールの軌跡。ゴールをたたき込まれたチームが突き落とされる絶望感。日本サッカーが忘れることのできない「ドーハの悲劇」と、あまりにも酷似していた。

長くサッカーを見ていると、時に思いがけない瞬間に出くわすことがある。「こんなことがあるのか」というのが、J1昇格プレーオフ準決勝のGK山岸範宏の劇的ヘディングシュートだった。

11月30日にヤマハスタジアムで行われたJ2のジュビロ磐田(4位)とモンテディオ山形(6位)の一戦。上位チームがホーム開催というアドバンテージを与えられ、引き分けの場合は上位チームの勝ち。個人的にはプレーオフはリーグの価値が損なわれると思うのだが、試合自体は純粋に楽しめた。

アディショナルタイムを残した90分を過ぎて1-1。磐田に試合を冷静に締めくくるずる賢さがあれば、何事もなく終わっていてもおかしくなかった。ただ、このところの日本サッカーは、J1にしても各年代の代表レベルにしても、ストーリーの結末が恐ろしくお粗末だ。この問題を解決しない限り、日本は今後、国際舞台で手痛いしっぺ返しを受けるのではと危ぶんでいる。

話を元に戻すと、JリーグでGKが得点したのは山岸で7例目だそうだ。第1号は1996年11月9日の第30節。浦和レッズのGK田北雄気が横浜フリューゲルスを相手にPKで決めた得点。たまたま生で見る機会に恵まれた。他の5例は、パントやFKを相手GKが目測を誤って入ったものがほとんど。

世界的に見ても、近年、本気でゴールを狙っていたGKは、今年引退したが「01」番(エースナンバーの10番を意識)をつけていたサンパウロFCのホジェリオ・セニぐらいしかいない。ちなみにFKのスペシャリストだったセニは100ゴール以上を挙げ、その記録はFIFAのサイトでも認定されている。もちろんGKの世界最多得点記録だ。

そのセニでも成し得ていないヘディングでのゴール。敗戦濃厚なチームが試合終了間際のFKやCKの際に、GKを攻撃参加させる場面はよく目にするが、山岸のものほど鮮やかに決まったシュートは記憶にない。それもワンプレーで試合の結果をひっくり返すゴールなのだから、普通の1点と価値が違う。

神様を信じる方ではないが、この日に限っては複数の勝負の神様が山岸にご褒美を与えたのではないだろうか。試合開始から猛攻にさらされながらも、神がかり的なセーブで失点を最小限に抑える。本業を全うした守護神に、攻撃の神様がほほ笑んだのだろう。

パワープレーでGKが相手ゴール前に上がるのは、多くはマーカーを一人つぶすという役割だ。GKは長身だから、相手も無視できない。ただヘディングとなると、まったくといっていいほど期待できない。

確かにGKもペナルティーエリアを飛び出してヘディングのクリアを見せるが、そのほとんどは正面からのボール。サイドからのボールをヘッドでコースを変えるなんてやったことがない。なぜならクロスに対してGKは、幼い頃から手で処理するタイミングでボールにアプローチをし続けている。簡単にヘディングに修正できるものではない。

難しさを物語るエピソードにこのようなものがある。ドイツの名GKオリバー・カーン。彼がパワープレーでCKから見事にゴールにたたき込んだことがあった。だが、よく見るとボールを捉えたのはヘッドではなく、パンチング。もちろんこのプレーにはイエローカードが出された。絶対的な空間認知能力があるカーンでさえもこうなのだから、GKのヘディングシュートがいかに難しいかが分かる。

山形にとって幸いしたのは、最高のキッカーがいたことだ。左足のスペシャリスト石川竜也だ。1999年にナイジェリアで開催されたワールドユース(現U20W杯)の準優勝メンバー。「黄金世代」唯一のレフティの左足は、35歳を目前にいまだ健在だった。

後半の45+2分。ゴールの決まる直前、山岸はペナルティースポットからニアサイドのゴールエリア角にマーカーを外して走りだした。最も点の取れるエリアだ。キッカーの石川も、本能的にそのポイントにクロスを合わせたのだろう。それがGKだということを忘れていたというのは、後の話で分かる。

ニアサイドで山岸の額の捉えたボール。それがゴール左隅に飛び込んだ直後、体の底から沸き上がる歓喜を、方向性のない疾走で爆発させたのが、他ならぬアシストをした石川だった。「ちょっと笑ってしまったというか、びっくりしました」とコメントしていたが、自分が無意識に合わせたターゲットがGKだったとなると、それは驚くだろう。

実はGK山岸はパワープレーを想定してヘディングシュートの練習を行っていたという。ネットの写真では、山岸を遠巻きにクールダウンする選手が笑いながら見つめる姿が写り込んでいる。この時点で、チームメートでさえ今回のような奇跡が起こることなど予想していなかっただろう。

ただ、無駄とも思える想定練習を山岸が行っていなかったら、今回のような土壇場での大逆転は起こらなかったはずだ。山形版・逆「ドーハの悲劇」は、細部まで想定した入念な準備を抜きに、実現しなかったはずだ。努力は裏切らないということだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。