「サッカー偏差値」。もし、そのようなものがあったら、日本の数値は自分たちが思っているほど高くはないのではないか。韓国・仁川で行われたアジア大会の男子サッカーを見て、そう感じた。

若い年代の選手はJリーグ創立当初と比べ、驚くほどボール扱いがうまくなり、狭い局面で慌てることもなくなった。だが、90分間で完結するゲーム全体を見渡す能力に関しては成長が見られないのだ。

2年後のリオデジャネイロ五輪を見据え、日本は21歳以下のみで今大会に臨んだ。対する韓国は、大会規定である23歳以下の選手に3人のオーバーエージを加えていた。自国開催の大会で優勝を果たすためだ。

明治大学のDF室屋成を除くと、全員がJリーガーだった日本。プロとはいえ、日本代表は選手によって試合経験にばらつきがあった。例えば、MF大島僚太(川崎)やDF遠藤航(湘南)は所属クラブでもレギュラーだが、5得点を挙げたエース・鈴木武蔵(新潟)はJリーグでは交代出場がほとんど。韓国との一戦は、年齢に加え、経験の差がチーム力の違いとなって表れた。

試合を通じて、韓国に押され続けた。だが、日本は耐えた。前半28分、GK牲川歩見(磐田)をかわしたMFソン・ジョンホに放たれたシュートはDF岩波拓也(神戸)がライン上でかき出す。後半37分のピンチも遠藤が体を張ってしのいだ。奇跡的ともいえるファインプレーでゴールを許さない。

こういう試合展開でありがちなのが、劣勢のチームが勝利を飾るという結末。「これはハマるかも」と思っていた人も少なからずいただろう。だからこそ、失点につながる軽率なプレーが悔やまれる。

延長戦も見え始めてきた後半41分。韓国の右サイドバック、リム・チャンウのクロスは混戦の中、ルーズボールに。日本のペナルティーエリア内で大きく跳ね上がったボールにいち早く対応したのは韓国のFWイ・ジョンホだった。先に体を入れられているので、大島がボールにコンタクトするのは難しい状況だった。しかし、大島はイを後ろから倒し、PKを献上してしまった。

完全アウェーの日韓戦。独特の雰囲気のなか、キャプテンを務める大島の気持ちがはやったのは理解できる。ただ、試合後に「ファウルはいらなかった」と本人が語ったように、もう少し冷静さが欲しかった。

最適なプレーを瞬時に判断できる―。サッカー偏差値とは、そういうものではないだろうか。あの場面、イは日本のゴールに背を向けていた。ボールをコントロールできても、すぐにシュートを放つのは難しかっただろう。「ここで相手にボールを持たれても、次のプレーをつぶせばいい」「ここで競り合えばPKを与えてしまう可能性がある」。高レベルな試合になればなるほど、その見極めをいかに早くできるかが求められるのだ。

プレーはすごく荒々しく見える南米の選手も、ゴールを奪うこと、ゴールを守ることについては、何が最適のプレーなのかをよく分かっている。残念ながら、日本人選手はその点で大きく見劣りする。

1点を追う後半ロスタイム。日本はヘディングに絶対的な自信を持つDF植田直通(鹿島)を前線に挙げてパワープレーに出た。その状況で右サイドの金森健志(福岡)にボールが渡った。ゴール前には日本選手が5人。クロスを上げれば、大きなチャンスになる。だが、金森はドリブル突破を選択。結果、DF2人に囲まれてボールを失った。最後の力を振り絞ってゴール前に攻め上がった日本選手から「なんだよ!」と怒る声が聞こえてきそうだった。「何が最適なプレーか」を意識できないサッカー偏差値の低さが露呈した場面だった。

緻密さが持ち味の民族であるにもかかわらず、サッカーに限ってはそうではない日本。それは育成年代での指導法に問題があるのではないだろうか。

例を挙げれば、スローインだ。日本の少年サッカーを見ていると、大ざっぱに投げ入れることが多い。一方、海外では「この選手は右利きだから、ワンタッチでコントロールできる右足に」と、かなり具体的で緻密な指導が行われている。

「サッカーは選手個々の持つイマジネーションを大切にしなければいけない」。指導現場でよく聞く言葉だ。しかし、長らく取材していると、サッカーは理詰めのスポーツだと感じる。PKを与える可能性が高いなら自重する。ゴール前で待ち構える味方がいるならクロスを上げる。そういうサッカーの本質を理解して初めて、「イマジネーションを大切にする」という言葉が意味を持つ。それを考えると、日本サッカーにとって喫緊の課題は全世代でサッカー偏差値を底上げすることではないだろうか。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。