今年も多くのファンを熱狂させた夏の風物詩、全国高校野球選手権大会は大阪桐蔭の2年ぶり4度目の優勝で幕を閉じた。8点差をひっくり返す大逆転劇あり、壮絶な打撃戦あり、球速の測定不能な超スローカーブあり…。様々な形で高校球児がこの夏への思いを体現した。活躍した選手の中でも、私が大会前から最も関心を持ったのは甲子園経験の豊富な右腕だった。

明徳義塾3年・岸潤一郎。175センチ、75キロと体格的に恵まれているわけではないが、最速140キロ台の直球に切れのあるカットボールが武器の本格派だ。背番号1で4番を務め、主将でもあるチームの絶対的な軸。4度目の甲子園大会出場で「高校野球のベテラン」(大阪桐蔭・西谷監督)という評もうなずける。

実は筆者が初めて甲子園を大会通して取材したのが、岸が1年生として背番号12で全国デビューした2012年夏だった。入社後6年間を地方の支社局で過ごし、警察や行政取材しか知らなかった私はその年の春からスポーツ取材を始めたばかり。仕事の質やスピードの違いに戸惑うばかりの毎日で、真夏の大イベントをこなしきれるか不安でいっぱいだった。私と同じような“高校野球の新米"ながら輝きを見せたのが岸だった。中軸として打線を引っ張り、投げても堂々としたプレートさばきが光った。「(甲子園に出場する前は)外から見ていて分からなかったが、実際にやってみて楽しかった」という彼の言葉も、元々サッカー好きだった私の気持ちと重なった。

2年時にはすっかり中心選手となった岸だが、13年夏やことし3月の明徳義塾での練習試合、続く選抜大会と取材しても“孤高のエース"という感がぬぐえず、リーダーとしては物足りなかった。しかし、印象が一変したのが1点差で辛勝した今夏の高知大会決勝だった。苦しんだ末に勝利が決まると、両拳を突き上げて目を泣きはらした。同僚は「勝って泣くのは見たことがない」と目を丸くし、本人は「チームメートへの感謝の気持ちがあふれた」と気持ちを吐露した。甲子園で負けるたびに見つかった課題を克服しようと努力し続け、心身を鍛えた右腕が、チーム一丸で甲子園への切符をつかんだ。涙は成熟した証だった。

名実ともに大黒柱として臨む最後の甲子園。高校球界屈指のスラッガー岡本を擁する智弁学園との初戦を切り抜け、2回戦は大阪桐蔭との対決となった。3年連続の対戦で「自分のレベルを確かめられる」と臨んだ大一番では投球の単調さがあだとなり、四回までに5失点の乱調だった。五回以降は持ち直したものの、1-5と敗色濃厚な状況で最終盤を迎えた。九回の攻撃も2死。肺に穴があく肺気胸から復帰したばかりの多田桐吾(3年)の全力疾走でもぎ取った内野安打に、奮い立った。「チーム全体がつないでくれた最後の打席」と初球を強振し、自身初の甲子園でのホームランを放った。

130球を投げきった少年にまだこんな力が残っているなんて…。左翼席に白球が消えた瞬間、身震いするほど感動した。結局チームは敗れたが、お立ち台に上がった岸に高知大会のような涙はなく、表情に一点の曇りもなかった。「やることはやった。堂々としようと思った」と潔く話す姿は立派な主将としての振る舞いだった。

岸は甲子園を「自分を変えてくれる場所」と言った。球児の成長や最後まで諦めない姿を見て「やればできるんだ」と思わせてくれることが高校野球の魅力の一つだと思う。一度も頂点に立つことはなかったが、目いっぱいの力を注いだ姿に拍手を送りたい。

吉田 学史(よしだ・たかふみ)1982年生まれ。東京都出身。2006年共同通信入社。仙台、盛岡、前橋の支社局で警察や行政を担当して12年から大阪運動部へ。高校野球、サッカー、ボクシングを中心に取材。