普段の生活をともに同じエリアで営みながらも、年に2回、敵と味方に分かれて盛り上がる。個人的には「ダービー」とはそのような形であってほしい。

Jリーグには神奈川や静岡の県名をつけたダービーがあるが、本拠地が離れ過ぎていていまひとつピンとこない。その意味で同じさいたま市をホームとする浦和レッズと大宮アルディージャのダービーは誰もが納得する。

8月30日、埼玉スタジアムで行われた20回目となる「さいたまダービー」。両チームのクラブ規模や過去のタイトルの数を思えば浦和が大宮を圧倒しているのかと思ったが、そうではなかった。過去19回の対戦を調べてみると、7勝5分け7敗でまったくの互角。両サポーターにとって、この対戦は胸躍るものなのだろう。

首位の浦和に対し、J2降格圏内の17位に低迷する大宮がアウェーで臨む一戦。ダービーはリーグの順位が関係しないというものの、残念ながら現時点でのチームの勢いがそのまま出てしまった試合だった。

大宮がJ1で最後に勝利を収めたのは5月6日のFC東京戦。5月10日の浦和戦からリーグで9試合勝ちのないチームは天皇杯でこそ勝ち残ってはいるものの、対J1勢となるとナビスコカップも含め13戦勝利なし。結果が出ないチームは、いい内容の試合を展開しても自信のなさからくるものか、どこか勝負どころがずれている。まさにこの日の大宮はそれだった。

まず失点をしない。チームを立て直す常道から和田拓也を浦和の柏木陽介のマークにつけ5バック気味で臨んだ大宮。しかし、前半33分に梅崎司に先制点を許すと、3分後にはカウンターから興梠慎三に追加点を許す。浦和のペトロビッチ監督が、1974年ワールドカップ(W杯)のオランダを引き合いに出し「トータルサッカーみたいだった」と自画自賛したサッカーには、ついていけなかった。そして後半にも2失点。終わってみればダービーでの勝ち越しを狙った大宮は0―4の大敗を喫することになった。

ただ内容を振り返れば、一方的にやられたわけではない。前半16分には渡辺大剛が。後半26分にはムルジャが。そして終了10分前には泉沢仁が決定機を迎えた。その3回ともがゴールになってもおかしくない場面だったが、GK西川周作の好守があったとはいえ決め切れない。浦和の13本を上回る15本のシュートを放ちながらも「0」というスコアは、大宮の選手たちの心に「やられた」の印象しか残さなかっただろう。

ある程度予測されたことではあったが、翌8月31日、大熊清監督の解任が発表された。2005年にJ1に昇格してから今シーズンで10年目。以来、一度もJ2に陥落したことのない歴史を考えれば、必然の決断だった。そのなかで気になったのは「この時期か」ということだ。

大宮のシーズン途中での監督解任は、昨年に続く。2年連続で監督の首をすげ代えることになるが、二つの事案で大宮のフロントの基準には、なんの共通点も見いだすことはできない。監督の途中交代。その一大事に際してクラブ側には、サポーターを納得させるだけの基準というものが必要なのではないだろうか。残念ながら大宮というクラブには、明確な基準というものが見えてこない。

あるすし店の大将がいっていた言葉を思い出す。

「料金が高くてもいいんだ。大切なのはいつ行っても同じ値段であること。1回ごとに料金の基準が変わったら客に信用されなくなる」

サッカーのクラブ運営と、サポーターの関係も同じなのではないだろうか。

昨年、大宮はJ1で21試合という無敗記録を作った。シーズン途中ではチーム史上初の首位に立つ躍進を見せた。しかし、ベルデニック監督は第21節をもって解任された。確かに解任当時は連敗が続いたが、順位は首位と8ポイント差の5位。十分に優勝争いに絡んでいける状況だった。

クラブ側が発表した解任理由に多くの人が驚いたのではないだろうか。「一体感が保てなくなった」というが、このクラブは監督がモウリーニョでも同じ理由で解任するのかと耳を疑ったものだった。

一方で大熊監督は、第12節からJ2降格圏の17位に低迷していたことで理由は簡単だった。ただ、ここでもフロントの動きは不可解だった。W杯中断期間の第14節という絶好のタイミングがあったにもかかわらず、決断を引きのばした。再開後の8試合の成績は3分け5敗。ここまで傷口を広げると、ベルデニック監督解任の決断の早さはなんだったのかと思ってしまう。

Jリーグでは「本当にプロのクラブなのか」と疑いたくなることがよく起こる。今シーズン、首位を走っていたサガン鳥栖の尹晶煥監督の更迭もそれだろう。Jリーグが本当に成熟するために求められるのは、目先の勝ち負けだけではなく、クラブが将来に渡って貫き続ける哲学なのではないだろうか。

ぶれることのない、クラブとサポーターに植え付けられた二つのアイデンティティー。そのようなチーム同士が対戦するダービーは、興奮の度合いもさらに増すだろう。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。