私が大相撲担当となって4場所目だった今回の名古屋場所は、横綱白鵬の史上3人目となる30度目の優勝に豪栄道の大関昇進と、話題満載で幕を閉じた。他にも豪風の昭和以降新入幕の最年長初金星などもあった。真夏の盛り、汗だくで取材を続けた場所は、記録を調べることにも追われた。そして角界の歴史をひもときながら、数字だけでは分からない相撲の奥深さを感じた。

前半戦に注目を集めたのはエジプト出身の大砂嵐だった。鶴竜、日馬富士と横綱を連破。同一場所で初金星から横綱戦2連勝は“黒船襲来"と騒がれた1984年秋場所の小錦以来の記録だった。「さらに1場所で3個目の金星となれば、1983年九州場所の大ノ国(後の横綱大乃国、現芝田山親方)以来の快挙―。早速その本人である芝田山親方の元へ当時の話を伺いにいくと、自分の思慮がいかに欠けていたか思い知ることになる。

足を運んだわたしを見るなり、親方は不思議がった。そしてやや不服そうに「私に聞いても無駄。話すことなんてないよ」とつっぱねた。そして「当時の相撲を見てくれ。別に大砂嵐がどうとかじゃない。ただ数字だけで同じですというものではない」と続けた。結局、大砂嵐は白鵬に敗れ、三つ目の金星は獲得できなかった。そしてその夜。動画サイトで改めて、大ノ国の3横綱撃破を見直した。

千代の富士、隆の里戦は右四つがっぷりからの、力強い寄りでの真っ向勝負。北の湖戦は土俵際で強烈な喉輪をこらえながら、逆転勝ちした。すべて幸運の要素を感じさせない白星だ。親方の訴えが身に染みた。どちらがどうということはないが、一番一番の重みを簡単に数字で並べるのは、あまりにも失礼で野暮というものだ。自らの浅はかさに申し訳なさしか生まれなかった。

他のある親方は稽古が足りないと感じた若い衆に「昔の稽古を見せてあげたいね。何か感じてもらえるものがあると思うんだけど」とため息をついた。時代が変われば、風潮も変わる。どこの世界にも共通の悩みだが、過去のいい面を引き継ぐことの難しさは伝統社会の角界にも少なくともある。わたしも話を聞くことでしか知ることができない、壮絶な稽古を経て、強くなっていた先人達がいて今も相撲がある。その重要性は取材する側も心に置いておかなければいけない。

思えば、大ノ国の3横綱撃破をパソコンで見た後、他にも紹介された名勝負の数々に見入るうちに眠る時間がなくなっていた。心を引きつける闘いは、どんな記録よりも記憶に残る。多彩なファンサービスも功を奏して、人気回復傾向の大相撲。やはり最終的にファンが求めるのは土俵の充実だ。モンゴル勢3横綱に日本人3大関、遠藤らの新鋭もいる。新弟子も増加傾向だ。豊富な人材が過去をほうふつさせるような、いや、過去を超えるような熱い土俵を繰り広げてくれることを願っている。

七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し2008年共同通信入社。翌年末、福岡支社に異動しプロ野球ソフトバンク、サッカー、ゴルフなどを取材。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。