約2カ月ぶりのJリーグ取材。ワールドカップ(W杯)などビッグトーナメントのあとは「一区切り」感が強いので、選手たちはもちろんだが、見る方も気持ちの切り替えが必要だ。欧州のようにW杯後はオフを挟んで新シーズンが始まるなら精神的にもリセットできるのだろうが、シーズンの途中で長い中断期間が入るJリーグはある意味で難しい。

だが考えようによっては、3月からの開幕で状況がしっくりきていなかったチームにとっては、この中断期間はチームを立て直す良いきっかけになったのではないだろうか。特に新たな監督を迎えて、その戦い方が選手たちに浸透していなかったチームは貴重な時間を与えられたことになる。

今シーズン、新たにイタリア人のフィッカデンティ監督を迎えたFC東京。W杯前は、いまひとつ魅力に欠けると思っていたチームを久々に目にしたら、とても楽しいサッカーを演じる集団に変わっていた。

リーグ前半の締めくくりとなる第17節の仙台戦。攻撃的なサッカーで3点を奪ったチームは、日曜日のナイターに駆け付けたサポーターに大きな満足感を与えたのではないだろうか。前半18分には太田宏介の左からのクロスを平山相太が長身を生かした打点の高いヘディングで先制点。33分には河野広貴が平山をポストに使った左足シュート。そして43分には河野の右CKのこぼれ球を、ペナルティーエリア左サイドにいた高橋秀人がワントラップからの鮮やかな右足のコントロールシュートで3点目。そのすべてが特徴を持った素晴らしいゴールだった。

関係者には申し訳ない話だが、実をいうと今シーズンのFC東京に関して個人的に「攻撃に関しては面白みがない」と感じていた。しかし、仙台戦を目の当たりにすると、物事には順序というのがあるのだろとあらためて思い知らされた。チーム作りの順序だ。

監督が新しいチームを作り上げる過程で、最初に手をつけるのは守備の構築だ。攻撃から組み立てていく監督など、世界を見回してもほとんどいない。だから新監督を迎えたチームは、よほどベースが高くない限り、シーズン開幕当初から魅力的な攻撃を繰り広げられる可能性は少ない。ただ見る側からしたら、面白い攻撃を常に望む。そこに、チームが作り上げられる時間を我慢するという忍耐は欠ける。最初から完成形を求めてしまうのだ。

仙台戦のFC東京の攻撃が、たまたまうまくかみ合ったのか。それは分からない。ただリーグ再開後の1―1で引き分けた鹿島戦。1―0で勝利を収めた新潟戦。その両試合ともがゴール数こそ少なかったが、FC東京が良い形での攻撃を繰り出していたことを考えると、チームは守備の構築の段階を終え、攻撃のパターンを増やすステップに踏み込んできたと予想される。魅力的なサッカーを繰り広げるチームが増えるということは、どのチームをサポートするかにかかわらず、すべてのサッカーファンにとって良いことだ。

試合後、フィッカデンティ監督は「試合の入り方が素晴らしかった。90分間を通して相手に好きなことをさせなかった」と上機嫌だった。そしてチーム状態が上向いていることに関して質問されると「去年と比べて新しい選手が入り、新しい監督ということで新しいバランスを見つけなければならなかった。それは時間の経過とともに良くなっていく」と答えた。誰もが本来は分かっているつもりだが、じつのところ分かっていない。チーム作りには時間が必要。その答えは、ごもっともとしか言いようがない。

確かにW杯の印象が、まだ鮮明に脳裏に焼き付いている人たちには、Jリーグの試合は物足りなく感じるかもしれない。特に運動量的には。ただ、一部の地域を除いたこの国の夏場に、選手たちに「走れ」というのはあまりにも酷だ。ブラジルで日本代表の戦った、高温多湿といわれた3会場、レシフェ、ナタル、クイアバでさえ、このように肌にまとわりつくような嫌な暑さではなかった。それを考えると、夏場のJリーガーはある意味で修行僧のような苦行を強いられているのではないかとさえ思えてくる。

その過酷な気象条件のなかで求められるのは、勝負所を敏感に捉えたサッカーの質だろう。良い試合を展開したFC東京とは対照的に、この日の仙台は3点をリードされたにもかかわらず、終盤にも無駄なボール回しに終始してゴールに迫る気概が見られなかった。それはギリシャを相手にしたナタルでの、どこかの代表チームのようにも見えた。

すべてに全力を尽くすのが不可能であっても、あるポイントにフルパワーを注ぎ込み、勝負をかける。その姿勢があれば、この日、仙台サポーターから発せられたブーイングは出なかったはずだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。