長かった自分自身のブラジル遠征も、今日で最終日。あとは無事に飛行機にさえ乗れば、危険といわれたこの国から脱出することができる。いろいろな都市を巡ったが、何かトラブルに巻き込まれそうだという場所は多々あった。

ただ、この国の人は総じて親切な人が多い。悪い人を除いては。日本では悪い人はブラジルに比べて圧倒的に少ないだろうが、良い人も決して多くはない。ほとんどが普通の人だ。その意味で良い人に恵まれた今回の旅は快適だった。ブラジルの人たちに「ありがとう」と伝えたい気持ちだ。

前回の原稿はベロオリゾンテの準決勝、ブラジル対ドイツ戦当日の朝の時点で終わったが、数時間後、見てはいけないようなものを見てしまった感じだった。

王国ブラジルがドイツに、まさかの1―7の大敗。確かに守備の要となるキャプテンのチアゴシウバが出場停止。ネイマールが負傷のためチームを離脱するという不安要素はあった。だが問題はそこにあった訳ではない。客観的にみると、今回のセレソンはいままでになく弱かったということだろう。それもこの国始まって以来というレベルで。

開始11分にCKからドイツのミュラーに先制点を許した。キャプテンマークを腕に巻いたダビドルイスの明らかなマークミスだった。そして悪夢の6分間が始まる。23分にクローゼに押し込まれると、29分までに立て続けに4連続失点。試合は終わってしまった。

確かに「悪夢の」と呼ばれる連続失点を喫する数分間は、この競技によく見られる。今回の日本も初戦のコートジボワール戦で後半19分からの2分間で2点を失い逆転負けを喫した。過去には2006年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会のオーストラリア戦で終盤の6分間に、あれよあれよという間に、3点を奪われたこともある。ただサッカーの発展途上国日本と比べてはいけない。ブラジルは、あくまでもブラジル。決してさらしてはいけない醜態だった。これまでブラジルが築きあげてきた王国神話が崩壊する惨劇。それを目にすることはライバル国でも辛かったのではないだろうか。

開催国ということで、いやが応にも国民の期待は高まった。ただ、それに応えるだけの資質が選手にはなかった。同じスコラリ監督が指揮を執った2002年日韓大会。南米予選で窮地に追い込まれたチームの評価は高くなかった。それでも、あのチームにはロナルド、ロナウジーニョ、リバウドの「3R」という攻撃の看板がそろっていた。

さらにチームに安定の基盤をもたらすDFラインにはカフー、ルシオ、ホッキジュニオール、ロベルトカルロスの4人が名を連ねた。翻って今回、サイドバックを見るとマイコンとマルセロ。彼らがカフーやロベルトカルロスの域に達しているとは誰が見ても思わなかっただろう。

あれほど街中にあふれ返っていた黄色のシャツと、家々の窓に飾られていたブラジル国旗。それがドイツ戦の翌日から手のひらを返すように消えていった。ブラジルにとってのW杯が終わったことを意味していたのではないだろうか。

もうひとつの準決勝、サンパウロで行われたオランダ対アルゼンチンは退屈この上ない試合だった。今大会、ともに守備を重視したチーム。ロッベン、メッシという必殺の飛び道具は持つが、それを封じられると攻める意思を見せない。負けないことを最優先したサッカーは、見ている者に「この人たちは決勝に行きたいのだろうか」と疑問を抱かせた。

結果は120分の延長戦を消化した上のPK戦勝負。アルゼンチンが勝利を収めたが、オランダの敗戦を見ると、2試合連続のPK戦で敗れ去ったコスタリカの例を見るまでもなく、PK戦を連続で勝ち続けるのは難しい。キッカーのデータは確実に、相手の手に渡っていたはずだ。

W杯決勝戦での対戦は1986年、1990年に続く3度目。ドイツ対アルゼンチンの頂上決戦は、ここまで勝ち上がったとはいえ魅力のないサッカーを展開してきたアルゼンチンが、決勝トーナメントに入ってからのベストパフォーマンスを演じたことで白熱した好勝負となった。一方のドイツは、若手選手を多数抱えるという事情もあり、世界最高の大舞台で多少ビビリが入ったように見受けられた。

ちょっと、やる気を出したメッシと、戦い方はどうであれ、スコア上勝てばいいんだというアルゼンチン選手の勝負師の冷徹さ。普通にやれば集団の力で圧倒したであろうドイツの、ちょっと気後れした控えめさ。そのバランスがうまく取れたことで、観客の心をひきつけた。

試合はゲッツェが延長後半8分、超高度な胸トラップからのボレーで決勝点を突き刺し、そのままドイツが1―0で逃げ切り。4度目の世界王者に輝いた。実のところゲッツェは交代出場後、相手の気迫にけおされる場面が目立った。後半ロスタイムに放ったシュートもボテボテで期待薄。そう思っていただけに、世界一を決めるゴールを決めるとは、ある意味の驚きだった。

アルゼンチンの観客の多さに隠れた形で目立たなかったが、ドイツのファンもかなりの数でマラカナンに駆け付けていた。そのスタンドに、さっきまで夫人や子供、恋人をピッチに招き入れて喜びに浸っていたドイツの選手たちが、あいさつに出向く。選手、観客が一体となって分かち合う勝利の雄たけび。

大会を全体で見渡せば、ブラジル大会は手堅く守り、カウンターを浴びせるチームが主流だった気がする。戦術的には一昔前に戻った感じだ。そのなかで、フィジカルに優れた選手がよく走り、パスをつなぎ、攻守に渡り集団で展開するサッカーが勝った。4年前のスペインをさらに進化させたサッカーだ。それを考えれば、ドイツが勝ったことは、サッカーの未来にとってよかったことなのではないだろうか。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。