ベロオリゾンテの町は、早朝から騒々しい。宿泊した安宿が大通りに面しているからかもしれないが、人々の話声と大音量の音楽が鳴り響く。前日8時間のバス移動した体を休めようと思っていたが「それは許しません」というところだ。

今日の夕方5時からこの町で地元ブラジルがドイツとの準決勝を迎える。そんなに日に、サッカーを生活の一部とした国民が、心穏やかであるはずはない。窓を開けると、案の定カナリア・イエローのシャツを着た人たちが通りにたむろしている。

まあ、このホテルは普段、安宿であるのは間違いないだろうが、支払った価格を思えば日本でもかなりのランクのホテルに泊まれる。サッカーの盛んな国で国際大会が開催されると、頭を悩ますのが試合日にホテルの価格が急騰することだ。2004年にポルトガルで開催された欧州選手権では、準決勝の行われたポルトで試合日に7万円もしたホテルが、決勝翌日には7千円で泊まれた。

話をワールドカップ(W杯)に戻そう。参加32カ国が4強に絞られた。1次リーグで敗退したスペインなどの強豪を除けば、決勝トーナメントに進出したなかで、最高の組み合わせになったのではないだろうか。

W杯優勝経験国のブラジル(5回)、ドイツ(3回)、アルゼンチン(2回)。過去20回の大会で、この3カ国だけで半数の10回の優勝を成し遂げている。さらに優勝こそないが、準優勝3度のオランダ。チームの「格」という面では、過去に例を見ないぐらい素晴らしい国が並んだのではないだろうか。

過去の大会を取材して思うことがある。いわゆる伝統国が新興国に番狂わせ的な敗れ方をする。その時点では楽しいのだが、大会終盤になって背景などもよく知った国がいなくなっているのは結構、寂しいものだ。今大会は4カ国すべてのチームが勝ち上がりの過程で苦戦を強いられながらも、伝統の底力を発揮してしぶとく勝ち残った。ここからの3位決定戦も含めた4試合は、すべてが黄金カードといえる。

ただ、4チームが前回大会のスペインのように戦術的にも優れて、素晴らしいサッカーで勝利を収めてきたかというとそうでもない。というよりも危なっかしかったけど、なんとか根性で勝ちましたという感じがする。

決勝トーナメント1回戦。8試合を見ただけでも十分満腹感を得られる好試合が続いた。伝統国対新興国の対戦の構図が、少なからず関係しているだろう。優勝を狙いにきているチームは、なるべく体力を温存したい。対する新興国は、次のことは考えず、自分たちの持てる力のすべてを注ぎ込んでも自国のサッカー新たな歴史を刻みたい。

それが伝統国を慌てさせ、感動的な試合を演じ、チリやメキシコのように、ひいては帰国時に英雄として迎えられることになった。惨敗しても「感動をありがとう」といわれる国とは大違いである。

準々決勝に進んだのは、すべてが1次リーグを首位通過したチーム。順当ということが難しいW杯で、ここまで上位チームが勝ち上がることは珍しい。ただオランダと対戦したコスタリカを除き、本当に実力を備えたチームの組み合わせとなったことで、試合自体はスペクタクルに欠けるものになった。なぜなら勝利を優先する戦い方になったからだ。

実力のあるチームが、すべて自分たちの流儀を通してW杯を制するということはまずない。優勝するチームというのは、自分たちのやり方を前面に押し出す以上に、相手の特長を消す戦い方にたけている。史上最高に美しいサッカー、“フッボウ・アルチ"(フットボール・アート)を展開した1982年大会のブラジル。ジーコを始めとした“クアトロ・オーメン・ジ・オロ"(黄金の4人)を中盤に配したチームでさえタイトルに届かなかった。そのことは王国ブラジルといえどもよく理解をしている。

だからこそ、コロンビアを下したブラジルも、決して美しい勝ち方とはいえなかった。ドイツ、アルゼンチンにしてもしかり。ガチガチの準決勝4試合中3試合が1点差。実力差が唯一あったオランダ対コスタリカだったが、この試合もコスタリカGKナバスとDF陣の神かかりの守備で0―0。結果的にPK戦にもつれ込んだが、勝負に徹すれば美しいゲームなんてそうお目にかかれるものではない。

締め切りの関係で準決勝、決勝の模様は次回のこの稿で伝えることにするが、W杯とはタイトルを取りに来るチームが数多く出場する大会だということだ。本大会出場32カ国のなかで、それを実現できるのはわずかに1チームだが、初めから「自分たちのサッカー」を表現するためだけに出場するチームは、ほぼない。今回4強に残ったチームでも、自分たちのサッカーをできるチームはおそらくないだろう。それほどW杯はシビアな大会だ。日本人もそれを理解しなければいけない。

長かった大会も、もう少しで閉幕する。そのなかで美しいサッカーは見られないかもしれないが、真に実力あるチームが勝負に徹した戦いを展開する。その緊張感ある駆け引きを決勝戦も含め、楽しんでもらいたい。

あと、ブラジルのネーマールがコロンビアのスニガに腰椎を骨折させられたプレーについて、日本では「タックル」という表現で報道されているみたいだ。背中にひざ蹴りを食らわせるタックルなんて、サッカーの技術にはない。あれはプロレス技のジャンピング・ニーパットだ。少年たち、間違わないでほしい。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。