サッカーの祭典、ワールドカップ(W杯)ブラジル大会は12日にサンパウロで開幕する。厳しい予選を勝ち抜いた32チームは世界各地で国際親善試合を行って最後の調整に励んでいる。ほとんどのチームが壮行試合的な意味合いで地元で試合を開催したり、ブラジルと時差が少ない米国で実施する直前合宿の合間に試合を組んだり。そんな中でナイジェリアの取り組みはちょっと変わっていた。

ナイジェリアはチームが集合して最初の国際親善試合を5月28日にロンドンで実施した。対戦相手はスコットランドだった。どちらのホームでもない中立地で、それほど観客が集まるのだろうか。疑問を持ちながら試合会場のクレーブン・コテージを訪れると、予想以上の盛り上がりに驚かされた。

競技場周辺の普段は静かな住宅街に、ナイジェリアのファンが演奏する打楽器の音がこだまする。試合開始2時間以上前からお祭り騒ぎで、収容人数2万数千人の競技場に2万人超が訪れた。もちろんイングランドの隣にあるスコットランドのファンが半数以上を占めたが、ナイジェリアを応援する人たちも4割ほどはいた印象だ。

ナイジェリアの広報担当者に聞くと、ロンドンで試合をした最大の理由は代表の多数を占める欧州でプレーする選手が集まりやすいからだという。2次合宿を張る米国への移動もスムーズだ。ロンドンはナイジェリアの移民も多いため、集客の心配もなかったそうだ。「ロンドンはわれわれの第2のホームみたいなものだからね」とウインクした。

パトリック・オモログベさんは10年以上ロンドンに住む。「ここでナイジェリアを応援できるなんて。直接、声援できる絶好の機会だから」と、ロンドン生まれの子どもを連れてやってきた。医師のイブラヒム・イサさんは「ブラジルは遠すぎるが、ロンドンなら応援に行ける」と滞在3日間の強行軍でナイジェリアから飛行機でやってきた。

「ナイジェリアは八百長なんかしない。われわれは勝つ」。そんなメッセージボードを掲げたのはロンドン南部に住むサンデー・ダダさんだ。試合の前日に、英紙がナイジェリア―スコットランド戦で八百長が仕組まれる疑いがあるとして英国犯罪対策庁(NCA)が調査に乗り出したと報じていた。ダダさんはもともと観戦を予定していなかったが「いても立ってもいられずに、ここに来たナイジェリアがインチキをしないってことを見せてほしい」と熱っぽく語った。

緑色のナイジェリアのチームカラーを身につけた人々に共通していたのは、W杯に出る母国への誇りとお祭りが始まる前の高揚感だった。

金銭にまつわるスキャンダルが続く国際サッカー連盟(FIFA)の問題について取材した際、スポーツ史を専門とする英ダラム大のカイ・シラー准教授は「どんなにFIFAに対してネガティブな思いを抱いていても、みんな6月12日の開幕戦が来れば、きっと忘れてしまう。サッカーというスポーツの美しさに夢中になる。ファンはW杯を見ることをやめられない」と話していた。

母国から遠く離れた地で行われた強化試合に大勢のファンが詰めかけたのを目の当たりにして、そんな「サッカーの力」や「W杯のすごさ」の一端に触れた気がした。試合は2―2の引き分け。ナイジェリアは不運な形の失点でリードを許したが、あきらめずに攻勢を仕掛け、試合終了間際のゴールで追い付いた。両チームの奮闘ぶりを見る限り、八百長の影は感じられなかった。

私自身も7日にロンドンから空路でサンパウロに入ったが、市内に飾り付けが少なく、W杯ムードがあまり高まっていないことにびっくりした。市内中心部と開幕戦を実施する

サンパウロ・アリーナを結ぶ報道関係者向けのバスに乗ると、運転手が道に迷って競技場周辺をぐるぐると3周もするトラブルにもあった。多難な大会を予感させるスタートとなったが、大会が始まれば一気に盛り上がって素晴らしい雰囲気を味わえるのだろう。そんな「サッカーの力」を期待している。

伊藤 慎吾(いとう・しんご)1973年生まれ。北九州市出身。98年共同通信入社。サッカーの2002年、06年ワールドカップやアテネ、バンクーバーの夏、冬五輪を取材。11年からロンドン特派員としてサッカー、スキーなど幅広くカバー