4年に1度のサッカーの祭典が幕を開けた。各組ともほぼ初戦を消化した時点で、日本の常識とは違うサッカーを随所に目にした感がある。日本人というのは真面目な性格がゆえに基本に忠実であるが、融通が利かないとも思えた。

ブラジル対クロアチアの開幕戦。3―1で開催国が勝利を収めた試合は、西村雄一主審のPKの判定が話題をさらった。ブラジルのテレビでは、あのシーンが何度も繰り返し放送していた。ポルトガル語なので理解できないが、元日本代表監督ファルカンが司会を務める番組では、元鹿島アントラーズ監督のオリベイラらゲスト陣がしきりに振り返っていた。

それはさておき、あの試合で日本ではあまりお目にかかれない場面に出くわした。後半ロスタイムのオスカルのゴールだ。

中盤のラミレスがボールを奪い、オスカルに縦パス。オスカルはドリブルから相手DFと並走しながら右足でシュートを決めた。キックの種類はトーキック。つま先でボールをつつくキックだ。

このトーキック、日本の育成年代ではほとんど教えられていない。というよりも、シュートの際にこれを使うと指導者に怒られてしまうということが多々ある。なぜなら生真面目な日本人がシュートの際に使うキックは、インステップキック、もしくはインサイドキックとほぼ限定しているからだ。

しかし、特にインステップキックは足の振り幅が大きいだけに、相手DFにブロックされたり、GKにシュートのタイミングを見破られたりする機会が増える。対照的にオスカルの放ったトーキックのシュートは、コースをコントロールすることは難しいものの、とても小さな足の振りで速いシュートを打つことができる。GKはタイミングがまったくつかめないのだ。

同じトーキックのシュートで記憶に残るのはワールドカップ(W杯)日韓大会の準決勝、ブラジル対トルコの決勝点だ。1―0で勝利を収めたブラジルの唯一の得点は、ロナウドがGKのタイミングを外したシュートだった。

このシュートを日本以外のすべての国が多用しているかというとそうではない。やはり圧倒的にブラジルの選手が多い。ブラジルにはそこらかしこにミニサッカー場がある。行われているのはサッカーだけでなく、フットサルの場合もある。そしてこのトーキックというのは、狭いスペースで行われるフットサルで多用される技術なのだ。それを考えればオスカルのゴールは、フットサル文化に根付いたプレーだったといえるのではないだろうか。

ブラジル人選手が多い日本でも、よく耳にする「マリーシア」という言葉。いい意味でのずる賢さを表すのだが、ブラジル人はサッカーに結果を求める。サッカーがゴール数を競う以上、ゴールにつながるプレーに制約を課さない。ゴールにボールを送り込む以上に、キックのフォームを重視する日本とは対照的だ。プレーの一つを見ているだけでも民族性の違いが出てなかなか面白い。

コートジボワール戦の日本代表の戦いぶりについてはあえて触れず、余談を記すことにしよう。

まずこの国の広さについての印象だ。日本代表がキャンプを張っているサンパウロ近郊のイトゥは現在、日本でいう秋の陽気だ。日中の日差しのなかでは汗ばむこともあるのだが、朝夕はかなり冷え込む。

一方で日本の初戦が行われたレシフェは、日本の梅雨時のような気候だった。海岸線に近い地域(危険なので他の地域には踏み込めないが)では、上半身裸の男性や軽装の女性たちが街を普通に歩いている。このような広大な国土で行われる大会は、試合会場によっては気象条件もまったく異なり、各チームともにコンディショニングが成否のカギを握っているだろう。

また運営面に関しては、日本人からすれば大きなストレスを抱えることになりそうだ。日本対コートジボワールの試合が行われた日、レシフェは強い雨が降っていた。しかし、会場には折りたたみ傘さえ持ち込めない。折りたたみ傘が凶器になるという理由だ。初戦に敗れ、打ちひしがれた日本人たちは試合後、冷たい雨に打たれながらホテルへの帰途につくしかなかった。

日本以上の物価高と、日本の常識では考えられない事柄の数々。それでも一部の反対派を除く多くのブラジル国民は、いまこの国に世界最高のサッカーの祭典が来ていることだけで満足しているような感じがする。

21日、ブラジルは冬至を迎える。いままで味わったことのない不思議な感覚の冬至だ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている。